ひとみ


その後、駆けつけた警官により、ひったくり男は連行された。
ボクやひとみさんも簡単な事情聴取をうけたが、もちろん罪に問われることなく、寧ろ感謝されることとなった。


「いやぁ、それにしても驚きました。ひとみさん、勇敢ですね。空手とか習っていたんですか?」

ボクの質問に彼女は笑って答えた。

「勇敢て………なんだろう、体が勝手に動いたっていうのかなぁ。おばあちゃんの悲鳴聞いたらスイッチ入っちゃって」

彼女はちょっと照れくさそうな表情のまま続けた。

「アメリカにいた時にね、空手習ってたの。近所に道場があってね。護身術として習っていたんだけど、まさか日本で役立つとは思わなかったわ。幸い向こうじゃ使う機会は無かったんだけどね」

「ハハハハ、ボクも気をつけなきゃ。ひとみさんを怒らせたら、必殺の踵落とし食らっちゃうからね」

彼女もボクの言葉につられて笑った。

「因みにね、駿平君、踵落としの後のハイキックの方が強烈なのよ」

「確かに凄い音がしましたからね。間違ってもボクには炸裂させないでくださいね」

ボクは真剣に言った。
さすがにあれは食らいたくはない。

「それにしても不思議だなぁ。ひったくり犯に立ち向かえるひとみさんでも、ゴキブリには勝てないなんてね」

彼女はタバコに火を点けながら渋い表情を浮かべた。

「ゴキブリに踵落となんてしたら足にくっついちゃうじゃない。そんなの死んでもイヤ、絶対イヤ」


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