ひとみ
「ひとみさん、風邪うつすといけないから、ここにいなくても大丈夫ですよ」
ボクは再び横になりながら言った。
「駿平君、気になって寝られない?」
そう言った彼女の瞳は少し寂しげに見えた。
「いえ、そういわけじゃないけど、ひとみさんに風邪うつしちゃって、ふたりで寝込んだらシャレにならないなと思って」
ボクの言葉に彼女は笑いながら答えた。
「大丈夫よ。ほら、『バカは風邪ひかない』って言うじゃない?それに、私、ここにいたいのよ」
その言葉の前半は笑いながらだったが、後半の彼女の表情は真剣なものに思えた。
「どうして?」
ボクはなんとなく聞き返した。
ひとみさんは、ボクの言葉に曖昧な笑みを浮かべた。
そして、ふっと口を開く。
「なんでって言われてもね………ひとりでいるのが寂しいって、答えるしかないのかな」
意外な彼女の言葉に、ボクは驚いた。
「駿平君、私ね、家族がいないの。赤ちゃんの頃、保育施設を併設してる教会の前に捨てられてたんだって」
ひとみさんは、宙を見上げ、ひとり呟くように話した。
「だからね、なんて言えばいいのかな、こうやって、今、駿平君と同居してるじゃない。このことって、私にとってすごい幸せっていうか、楽しいっていうか」
そう言ったまま、ひとみさんはしばらく黙り込んだ。
「そうねぇ、駿平君には迷惑な話なのかもしれないけどさ、今の生活って、私が知らない『家族との生活』を再現させてくれてるように思えてね。せっかく『家族』がいるのに、一緒にいられないなんて、もったいないというか、ばちあたりって思えちゃってね」
そう話した彼女の瞳が水気を帯びているように見えたのは、ボクの気のせいなのだろうか?