ひとみ


「えへへへ、ラッキー。日本酒サービスしてくれるってさ。まさか、公平ちゃんがここで役に立つとわねぇ~」

ひとみさんはビールを一気に流し込んで言った。
それにしても、女将さんと父はいったいどんな知り合いだったんだろう。
そんなことを、ふと疑問に思った。
年がら年中、仕事であちこち飛び回ってたから、この旅館とかによく来てたのかなぁ。

まぁ、そんなことはどうでもいいか。
今は目の前にあるご馳走を堪能させていただこう。
しばらくすると、女将さんが日本酒を持って部屋にやって来た。

「どうぞ、こちら、静岡の地酒の磯自慢でございます。口当たりがよく、飲みやすいお酒になっていますよ」

グラスに注がれた、その地酒を一口飲んでみる。
辛過ぎず、甘過ぎず、口の中にサラリと味わいが広がり、それでいて後味はスッキリしていた。

「これ、美味しいわぁ~」

ひとみさんは感嘆の声を上げた。
彼女の言葉に女将さんは嬉しそうに微笑んだ。

「そうそう、新田様」

女将さんはそう言って、ボクに向き直った。

「お父様は、お元気にしていらっしゃいますか?」

ふぅ~ん。
父のこと気にしてるんだ。

「多分、元気だと思いますよ」

ボクは日本酒をチビリと飲みながら答えた。

「多分とおっしゃいますと?」

「いえ、父は日本にいないから。ボクが小学生の頃、海外に渡って、今でも向こうで仕事してるんですよ」

女将さんは驚いたような表情をみせた。

「じゃあ、新田様も、海外での暮らしが長かったのですか?」

「いえ、ボクは日本にいました。お恥ずかしい話、父はボクが生まれてすぐに離婚してまして、その、ボクが小学生になったら、そのままボクを全寮制の学校に入れて海外に行っちゃったんですよ」

こんな話はしたくなかったが、ついつい、お酒の勢いもあったのか、愚痴っぽく女将さんに話してしまった。

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