ひとみ



「でしたら、ずっとおひとりで」

女将さんは、ボクを見つめながら呟いた。
その目は悲しさを帯びているように見えた。

「えぇ、まぁ」

ボクは、なんだか女将さんの憐れむような視線が辛くなった。

「まぁ、でも、ほら、『親はなくても子は育つ』って言うじゃないですか。だから、全然、ボクとしては気にはしてないんですよ」

せっかくのご馳走の席だし、話が湿っぽくなるのもイヤだったんで、ボクは努めて明るく言った。
ところが、その態度が引っ掛かったのか、女将さんは突然、目に涙を浮かべた。

「あ~あ、駿平君が苦労話とかするから、女将さんが泣いちゃったじゃない」

茶々を入れるように、ひとみさんが言った。
そして、彼女は続けた。

「女将さん、大丈夫よ。過去に駿平君の父親となんかあったのかもしれないけど、その子、いい子に育ってるわよ。真面目だし、思いやりあるし。ただねぇ、ちょっと優柔不断で、気が弱いのよねぇ。あと、子供の頃からひとりだったからかな、人付き合いがちょっと下手かなぁ」

あの、ひとみさん、それってフォローのつもりですか?

ひとみさんの言葉に、女将さんは、涙の溢れた目で、ボクを見つめた。

「ご、ごめんなさい、しゅ、駿平」

彼女は嗚咽を漏らしながら、そう呟いた。

「えっ?」

ボクは女将さんの言葉を聞き返した。
そして、ひとみさんを見た。
彼女は仕方ないといった表情でボクを見ていた。

「あぁ~お腹いっぱい!ちょっと飲み過ぎたから、酔い醒ましに外行ってくるわ。駿平君、女将さんともう少し、話しときなよ」

そう言って、ひとみさんは、浴衣の上に一枚羽織って部屋を出て行った。

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