ひとみ
ひとみさんが部屋から出て行ったあと、ボクは嗚咽を漏らす女将さんとふたりきりとなった。
「ごめんなさい、駿平、ごめんなさい」
ボクの名前を呼びながら、謝り続ける彼女に、どう接していいかわからなかった。
そもそも、なぜ彼女は泣いているのだろうか?
「お、女将さん、どうされたんですか?」
どうしていいのかわからなかったボクは彼女にそう言った。
女将さんは、涙を流したまま顔を上げ、ボクを見つめた。
「私、渡辺彩子と申します。20年程前ですが、当時は、新田彩子という名前でした」
それだけ言うと、彼女は再び抑えきれない嗚咽を漏らし始めた。
ボクは彼女の言葉の意味がわからなかった。
新田彩子?
ボクと同じ新田の姓?
新田彩子?
新田彩子?
新田彩子?
どこか記憶の隅に引っ掛かるこの響き。
頭の中で彼女の名前が廻る。
親戚なのか?
いや、父に親戚がいるなんて聞いていない。
ボクはもう一度、女将さんの顔を見た。
彼女の瞳は温かく、そして、悲しく、ボクを見つめていた。
その瞬間、全身を電気が駆け抜けるような衝撃に襲われた。