ひとみ
ボクは顔を上げ隣に座るひとみさんを見た。
「ほら、私さぁ、赤ん坊の頃捨てられてるじゃない。この『楠木ひとみ』って名前だって生みの親がつけた名前じゃないし。今仮に、目の前に私の両親て人達が現れたって、絶対にお互い気付くことないから」
彼女はタバコの煙を、深いため息と一緒に吐き出した。
「まぁ、ほら、公平ちゃんだって、あんなんだけど、一応、駿平君の父親だし、さっきの女将さんだって、駿平君が母って呼ぶこと出来なくても血のつながった肉親なんだよ」
そう言いながら、ひとみさんはタバコをもみ消した。
「ないものねだりじゃないけどさ、私からすれば、ちょっとだけ、羨ましいかな」
彼女は優しい眼差しでボクを見つめた。
「今はさ、まだ駿平君の心の整理がつかなくて、感情として、怒りしかないかもしれないけどさ、いずれ、時間が経てば、その気持ちも変わるかもしれないわよ」
ボクはなんとなく、ひとみさんの言わんとすることがわかる気がした。
今は、自分自身、理性よりも感情が勝ってしまっていることもわかる。
「まぁ、今始まったばかりだと考えればさ、きっとこれから、お互いの溝を埋めていくことだって出来るかもしれないし」
ひとみさんの優しい言葉と瞳は、ボクの痛む心を温かく包んでくれた。
「20年かぁ、確かに長い年月だけどね、駿平君、キミの人生はもっと長いんだから、冷静に事実を受け止めることが出来るようになったら、少し考えてみたら?」
ボクの目から、涙が止め処なく流れ続けた。
自分でも最初は気付いていなかったが、声もあげていた。
ひとみさんは、そんなボクを優しく受け止めてくれた。
「思いっきり泣いていいよ」
ボクは彼女の柔らかな胸に抱かれ、ずっと泣いていた。