ひとみ
いつのまにかボクは泣きながら、そして、ひとみさんの胸の中に抱かれながら、眠りに落ちていていまっていた。
目を開けると、目の前に彼女の寝顔が見えた。
ボクがもぞもぞと起きようとすると、ひとみさんも目を開いた。
「あっ、すみません、ひとみさん。起こしてしまいまして。それに、その、ありがとうございました。ボク、風呂入ってきます」
そう、彼女に告げ、ボクは立ち上がった。
「うん、わかった、私、眠いから、もう少し寝るわ」
ひとみさんは、ボクの言葉を理解しているのかしていないのか、そう言って再び寝息をたて始めた。
部屋の壁に掛かった時計に目をやる。
針はちょうど朝の6時を指していた。
階段をのろのろと下り、浴場に向かう。
一晩寝て、少し気持ちは落ち着いたようだ。
ひとみさんの言葉も、ボクの崩れかけた心を慰めてくれていた。
肉親かぁ。
ふと、父親と、この旅館の女将さんの顔を思い浮かべた。
自分がここに存在するのも、そのふたりの存在があったからこそだ。
でも、とてもじゃないが、気持ちの整理などまだつくはずもない。
大きな心ですべてを受け止める度量など、今のボクには備わっていない。
そんなことを考えながら、風呂に入った。
そして、昨夜のように露天風呂に向かった。
そこには、夜とは違い、青く朝日に輝く広大な海が広がっていた。
凪いだ海面は、夏の終わりの眩い太陽の光を、美しく反射していた。
まぁ、よくよく考えてみれば、ボクの生みの親であるこの旅館の女将さんを、一生恨み続けながら彼女を受け入れない理由はない。
もちろん、怒りはある。
でも、ボクの親でもある。
昨夜、ひとみさんの言った言葉を思い出した。
そして、ボクは思った。
これからの時間の方が長いんだから、今までの20年の歳月を、時間をかけて埋めていけばいいのではないか、と。