ひとみ
風呂から出て部屋に戻る途中、廊下で女将さんに会った。
彼女の目は真っ赤に充血していた。
昨夜のボクと同じ、涙を流した夜であったのだろう。
「おはようございます」
ボクは、平静を装って口を開いた。
一瞬、驚いた表情を彼女は見せたが、すぐに取り繕い、笑顔を作った。
「おはようございます、新田様。昨夜はゆっくりお休みになられましたか?」
これは、お客に対するいつもの口上なのだろう、そう口にした後、彼女は一瞬、表情をこわばらした。
「ハハハハ、あまり、眠れませんでしたよ、女将さんも、目が真っ赤ですけど、寝不足なんじゃないんですか?」
別に皮肉を言ったつもりはなかったが、そうとられても仕方のない言葉かもしれない。
女将さんは、答えあぐねた様子で、少し困ったような表情を浮かべた。
「それにしても、いい天気ですね。少し、庭にでも出ませんか?」
ボクの言葉に、彼女は驚いた表情を見せた。
ボクと女将さんは、青く煌めく朝の海を並んで眺めた。
海からの柔らかい風が心地よく、ボクらをくるんだ。
「昨夜は、大変失礼いたしました」
彼女は小さく呟くように、声を出した。
か細いその声は、小さく震えていた。
ボクは空を見上げた。
空の色もぬけるように青かった。
「正直、驚きましたよ。こんな偶然があるんですね。ここに来たのもたまたまだし、あなたがボクに気付かなければ、ただの客のひとりでしかなかったかもしれないし」