ひとみ
悲しい笑顔
すっかり年の瀬も差し迫り、世の中は慌ただしさであふれ返している。
だが、学生身分のボクにとっては、年明け早々に後期試験があること以外、とくにいつもと変わらない日常である。
夏に偶然再会したボクの母親である稲取の旅館の女将さんとは、たまにメールや電話はするようになった。
しかし、未だ、彼女のことを『母さん』とは呼べていない。
まだ、もう少し時間はかかるだろう。
一方、我が家の居候というか、家政婦兼保護者である、ひとみさんは寒くなり始めた季節のせいか露出の少ない服装になっていた。
ボクにしてみれば、ホッとしたというか、ちょっと残念というか、複雑な心境でもある。
「駿平君、日本の冬ってこんなに寒かったっけ?」
カルフォルニアの温暖な冬に慣れていた彼女には日本の冬は寒いらしい。
「えぇ、こんなものですよ。2月になればもっと寒くなりますけど」
とは言うものの、ここ数年は、比較的暖冬が続いているとのことだ。
そういえば、霜柱とか何年も見ていない気がする。
「あぁ、寒いから温かいもの食べたいなぁ。そうだ、駿平君、今夜は鍋にしようか?あと、熱燗とね」
コタツにスッポリと入ったまま、ひとみさんは言った。
「いいですねぇ。じゃあ、ひとみさん、買い出しよろしくお願いします」
ボクの言葉に、彼女は不服そうな顔をした。
「ほら、ひとみさん、ボクこれから家庭教師のバイトあるから」
ボクはニヤリとしたり顔でひとみさんに言った。
「えぇ~外寒いからイヤだぁ~」
まるで子供のような発言を彼女はした。
「外が寒いから、鍋や熱燗が美味しくなるんですよ。それでは、ボクはバイトに行きますので、よろしくです」
ボクはそう彼女に伝えて家をあとにした。