ひとみ
「えっ?ひとみさんを連れ戻しに?」
ボクは父に聞き返した。
「あぁ、まぁ、そういうことだ。ところで、ひとみはどこへ行った?」
まるで父の言葉は遠くから聞こえているように耳に響いた。
ひとみを連れ戻しに来た。
父の放ったその言葉が頭の中を何度も駆け巡る。
「おい、駿平。なにボーっとしてやがる。だから、ひとみはどこへ行ったんだ?」
父の強い口調に、ボクはハッと我に返った。
「あ、あぁ、ひとみさんなら、夕飯の買い出しに行ってるんじゃないかな。こ、今夜は鍋にするとか言ってたし、父さんも、鍋なんて久しぶりなんじゃない?」
そう言って、ボクは2階の自分の部屋へ向かった。
背後から、
「ほう、鍋かぁ、久しぶりだ」
と、呑気な父の声が聞こえた。
ボクは部屋に戻り、ベッドに体を投げ出した。
どういうことなんだ?
ひとみさんを連れ戻すって。
だって、ひとみさん、言ってたじゃないか。
父とはもう終わったって。
それなのに、なんで父はひとみさんを連れ戻すなんて。
も、もしかして、仕事のことでなのかな?
でも、もし、そうじゃなければ、やはり、男女としてのことなんだろう。
頭の中でまとまる事のない言葉が巡り続ける。