ひとみ
「で、でも、ひとみさん、日本に他につてがないし、仕方なくここにいるのかもしれないじゃないか」
ボクは精一杯の反論を試みた。
「駿平、お前、やっぱりまだガキだな。いくらつてが無くたって、半年以上の時間があったんだ。本当に俺と別れるつもりだったら、とっくに仕事みつけてこの家を出て行くさ。そうだろ?」
完全に勝ち誇った表情で父はボクを見る。
ボクはなんの反論も出来なかった。
「だから、駿平、その辺は理解してくれ。いずれ、ひとみはお前の母親になるかもしれない女なんだからな」
そこまで言われると、ボクにはなんの言葉も見つけることは出来なかった。
「父さん、ひとみさんて、生い立ちのこともあるのかも知れないけど、すごい寂しがり屋だから、ツラい思いはさせないであげてください」
やっと口から出た言葉は、完全な敗北宣言だった。
「お前に言われなくても、わかってるさ。ほら、もう少し飲め」
そう言って父は2本目のビールをボクに手渡した。
ボクはそれを一気に飲み干した。
「ほぅ、お前、いつの間にそんな飲める口になったんだ?」
ボクは父の言葉には、なんの返答もしなかった。
正直、ビールの味だって、さっぱり感じていない。
今のボクにとって、目の前のビールは、喉の乾いた時に飲む水と同じ役割に過ぎない。
現実を受け入れるため、アルコールを体が欲しているに過ぎない。
ちょうど、その時、玄関の開く音が聞こえた。
そして、ボクの大好きな人の声が聞こえる。
「駿平君、ただいまぁ~お鍋の準備するから手伝ってよぉ~」
その声を聞いて、ボクは涙を堪えられなくなった。