ひとみ
翌日になると、ひとみさんは忙しげに荷物をまとめ始めていた。
一瞬、彼女と目が会った。
だが、ボクはそのまま言葉を交わさず家を出た。
なにか言いたげな彼女の瞳が気になったが、言葉を交わしてしまえば、きっと、ボクの感情は噴き出してしまう。
そう思い、黙ったまま学校へと向かった。
自分の中で割り切らなきゃ、父とひとみさんが幸せになるんなら。
陳腐な恋愛小説で使い回されたような、こんな言葉を自分にあてはめてみる。
バカぬかせ!
そんな割り切り方出来るはずないよ!
今年の春から続いたひとみさんとの生活を思い起こした。
最初はイヤでイヤで仕方なかったのに、いつの間にか、彼女の存在はボクの中で大きくなっていた。
自分でいくら否定してみようと思っても、その否定を否定してしまう。
強がりな体面を見せるも、ホントは寂しがり屋で、いい加減な性格かと思いきや、意外と芯のある意志の強さを持っている。
それに、あの瞳。
ネコみたいにくりっとしていて、多少吊り上がったあの瞳は、ボクを魅了して止まなかった。
あの瞳に見つめられると、自分の正気を失ってしまいそうになる。
改めて、客観的に見れば、正直いわゆるベタぼれである。
いつの間にかね。
でも、現実を受け入れなければ。
ボクにはなにもない。
彼女を引き止める理由も資格も、それに、人間的魅力だってないから。