溺れるマーメード
沈みとろける
「……はい。その件はですね、今ですか?今は……例の新社長の社長室におりますわ。ほら、堀江さんのとこのアメリカ帰りの御曹司の……はいはい……」
取引先の顧客はうちの社長に『すんません』と告げ席を立ち
私達に背中を向けてガラケーで会話。
「かかりそうだな」
若き社長は時計を気にしてボソッと独り言。
その端整な顔は色気があり
彼に憧れている女子社員も多い……けど……こいつはタラシだ。
その綺麗な顔に騙されてはいけない
メガネの奥の涼しげなまなざし
スッとした鼻筋
少しだけ薄い唇。
その唇は
どれだけの嘘を吐き
どれだけの女性と重ねたのだろう。
来客にお茶を出し
丁寧に頭を下げて社長室を出ようとすると
「昼休みに待ってる」
ボソッと彼は私に言う。
「時間ないし」
小声で冷たくあしらうと鼻で笑われた。
「15分あればいい」
「あら?15分で終わるの?」
「お望みとあれば5分で終わらせる」
おどけた声が憎らしい。
きっと
他の人にも言ってるんでしょう。
「最近ごぶさただろ?」
「……バカ……」
顧客の電話を気にしながら、私は逃げるように社長室を出た。
私にもプライドがある
あそこまで言われて行くのは悔しいけど
彼の身体が
忘れられない。
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