-ハナムケ-
〝戻ってくるな”
それは彼からのこれ以上ない、優しさとエール。
それが伝わってくるから、私はいまだに終業後もここから帰れない。
総務部からの封筒をぐっと両手で握って、涙を堪える。
「わかってんなら早く帰れよ。待ってるんだろ?」
「―…っ」
「お前の泣き顔、ぶっさいくだからな。新入社員の研修の時、主任にしごかれて泣くもんかって顔で涙溜めてたこと思い出したよ」
ははっと乾いた笑いをしながら、厭味ったらしく言うけど、それを聞けるのも今日まで。
「あまりにもぶっさいくでドジだからなー、一生お前と付き合ってやろうかなって覚悟も決めてたんだぜ?」
「うん……」
「ま、その心配もなくなったんだけどな」
「―…」
声が出なくて、〝うん”と代わりに首だけで頷いた。
私たち、本当にお別れなんだね。
明日から、私は特別休暇に入る。
そして明々後日には小さなチャペルで結婚式をあげる。
入籍は少し前に無事にすんでいて、結婚による会社での変更や申請もすませ、
休暇明けから私は新しい苗字で働くことになる。