視線の先【ぎじプリ】
「なんだ、これ。今日なんか調子悪いな。回線速度異常に遅い」

突然彼が発した言葉は、聞きなれない苦い声だった。今まで一度もこんなことなかったから心配になる。

「えっ、えっ、大丈夫ですか?」

「下手すると繋がらないかも」

それは困る!

「えっと、システム不具合起きてないか確認したほうがいいですか?  どうしよう! 電話しなきゃ」

携帯のアドレス帳で本社のシステム部の連絡先を表示させようと慌てて操作していると、前からプッと笑う声が聞こえた。

「嘘だよ嘘、ちゃんと設定完了した」

照井さんは私が用意していた椅子に腰掛けて、こちらを見て口もとだけ笑った。

「冗談、なんですか? もう、そういうのやめてください、酷いですよ」

「あんまり浮かれてっから。つーか、見たら分かるだろ」

「わからないですよ! わかるわけないじゃないですか!」

もう、冗談にしてもタチが悪い。私がシステム弱いこと知ってるくせに!

「上司に会えないかもしれないだけであんなに取り乱すんだな」

「はい? ミーティングできないと困るに決まってるじゃないですか。ていうか私怒ってますからね」

「じゃあ浮かれずに仕事しろよ」

「何なんですか、さっきから浮かれてるとか」

確かにちょっとテンション高かったかもしれないけど、そんな気分を害するほどではなかったはずだ。いったい何が気に障ったのか。


「さっきの、良かったねとか頑張ったねとか、本当に言ってもらいたいのは俺じゃなくてフクの東京の上司に、だろ? あの若いエリート上司」

「はい?」

「とぼけなくても。毎週水曜だけ気合い入れた格好してるし、いっつも頬染めて熱っぽく見つめてさ。バレバレ。間に入る俺が恥ずかしくなるんだって」

「えっ」

「今も上司に会えるのが嬉しくて早くからニヤけて準備してんだろ」

「ニヤけてなんか……」

一部間違っているけど、それほどまでに自分の感情がだだ漏れであったことを指摘されて、恥ずかしくて言葉が出てこない。

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