夢が醒めなくて
「ふーん。どんな本を読むん?哲学が好きなん?」
「いえ。……古い本が好きです。東洋も西洋も古典と言われる本。ジャンルは、だから、文学や歴史が多いです。でも……小学生らしくない本を借りて帰ると先生がいい顔しいひんから、学校か区の図書館でしか読めへんけど。」
希和子ちゃんの表情がまた曇った。

……そうか。
エロ本や漫画ならともかく、学術的な本を読むのにも周囲に気を遣わなければいけないのか。
勉強ぐらい自由にさせてやれ、とは思うけど……良くも悪くもなるべく枠にあてはめたいのかもしれない。

「区の図書館って、けっこう遠いのに大変やん。」
「……でも1人になれるから。」

1人になりたいのか。

施設の子は親と離れて住んでいたり、そもそも親がいなかったりで、淋しい子達だと勝手に俺は決めつけていたことに気づいた。
むしろ団体行動が当たり前だから、1人の時間も欲しいのか。

「そっか。……うん。そうやんな。あ。じゃあ、送迎したげようか?」
希和子ちゃんは怪訝そうに顔を上げた。
「それも、ボランティアですか?」
「いや~。心配やから?もちろん毎日は無理やけど。」

そう言ってから、俺は自分の名刺を希和子ちゃんに握らせた。
「電話でもメールでもいいよ。いつでも言って。」

希和子ちゃんは、名刺をじっと見て首を傾げていた。
ニコリともしない。

もしかして、ロリコンとか疑われてるのかな。
……単に、希和子ちゃんに興味があるだけなんだけどな。


そんなにまずかったのだろうか。
その後、希和子ちゃんは押し黙ってしまった。
施設に帰って、さっきの子達と談話室で話してても、希和子ちゃんはまるで無関心、無表情を貫いた。

後片付けを手伝ってくれた子、華やかな美人になりそうな戸辺美幸ちゃんは、希和子ちゃんのことを
「変な子やろ?夜中に毛布かぶって懐中電灯で読書してるから、いつも睡眠不足でボーッとしてやんねん。髪もボサボサやし。あれじゃ彼氏できひんわ。」
と、それでも心配そうに言った。

「美幸ちゃんは?どんな本読むん?」
一応そう聞いてみたけれど、予想通り、読まないと言い切った。

「私、忙しいもん。彼氏とデートしたいし、メールもしたいし、テレビも観たい。せやのに、日曜日にママが面会に来るから。」
「お母さん、会いに来てくれるんや。」

会いには来るのに、一緒に住まないのか?

「恩着せがましく、来る。ママの今の彼氏が最低な男で……別れてくれるまで一緒に住めへんから。」

明るかった美幸ちゃんの顔が曇った。

暴力?まさか、性的暴行?
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