夢が醒めなくて
「妹さんの由未お姉さんは、義人さんのことを、何て呼んではるんですか?」
そう尋ねると、義人氏は顔をしかめた。

「それがムカつくねん。あいつ、俺のことは普通に『お兄ちゃん』やのに、今、あいつが世話になってる、父の主筋のご当主のことは『恭兄さま』とか呼んどぉるねん。腹立つわ。」
ぷりぷりする義人氏は、やっぱりかわいい子供のようだった。

「じゃあ、私もお呼びしましょうか?義人兄さま、がいいですか?」
そう聞くと、義人氏は、慌てて手を振った。
「いらんいらん!柄じゃないから!」

……うん、私もそう思う。
てか、義人氏って、いわゆるシスコン?
妹さんがかわいくてしょうがないのかな。

「じゃあ、暫定『お兄さん』。私のこともいつも丁寧に呼んで下さってたけど、略してくださっていいんですよ?」
そう提案すると、義人氏はふんぞり返って言った。

「そのつもりや。でも、それまでは希和子ちゃんって呼ぶ。綺麗な名前やな。……そういや、最初に希和子ちゃん、希の字を希望の希じゃやくて、希釈の希ってゆーたやん?あれ、めちゃ印象的やったわ。何でなん?」

……何で、って言われても……。
「私の立場では、何かを望んでも手に入らないし、実現しませんでしたから。薄い、ほうが自分自身をよく表現してると思いました。」
卑屈なようだけど、そう言った。

義人氏は、ふんふんうなずいてから、おもむろに言った。
「ほな、考え方、変えようか。これからは、望みは何でも叶う。欲しいモノは全て手に入る。堂々と望んでいいんやで。」

……愕然とした。
何て傲慢なんだろう。
これが、成金の二代目ということか。

「慣れそうにないです。それに何でも手に入るって、幸せですか?」

そんなわけない。
人間は幸せに慣れてしまう。
当たり前に幸せを消費して、さらなる欲望を抱くのだろう。
私は足ることを知るヒトでありたい。

「いや。物質的な充足は心の平安とイコールではないと思うよ。だから、みんな、もがいてる。俺も。母も。」
義人氏の言葉はとても意味深だった。

じっと見つめてると、気を取り直して義人氏が言った。
「ほんまに、希和子ちゃんは賢いなあ。こうしてしゃべってたら、小学生ってこと忘れるわ。ま、いいや。とりあえず、我が家は総力を挙げて希和子ちゃんを幸せにするから、そのつもりでいてな。」

総力を挙げて、って。
< 100 / 343 >

この作品をシェア

pagetop