夢が醒めなくて
「どうかあまりお気遣いなく。里子にしていただけるだけで、本当にありがたいと思ってますから。」
そう言ったら、義人氏は首を横に振った。

「里子じゃないねん。希和子ちゃんは、正式に父の養子になるから。俺や妹と権利は同じ。大きい顔して暮らしてくれたらいいから。」

養子!?
私が?
この、大きな大きな家の、養子?

さすがに息をのんだ。
うまく言葉が出ない。

私、そこまでしてもらう資格も価値もない。
ただの孤児なのに。
どうして?

「あかんで。今さら、断るとか、絶対あかん。……父も母も、俺も、希和子ちゃんに変な遠慮してほしくないんや。養子やったら、遺産相続の権利もあるねんし、買い物も教育費も、気にせんと湯水のように使ったらいいから。」

……するよ。
遠慮せえへんわけないやん。
私は義人氏にどう言えばわかってもらえるか沈思した。

いつまでも黙ってる私に、義人氏は困ったらしい。
「なあ、頼むわ。なんか言って。」

「……後悔させないよう、努力します。この家の子としてふさわしくなれるよう、がんばります。」
そんなことしか言えなくて、自己嫌悪。

義人氏は黙ってベンチに腰を下ろした。
そして、ポンポンと自分のすぐ横を叩いて、私を手招きした。
恐る恐る近づいて私も隣に座った。

「薄いとか、稀(まれ)って意味は本来、希和子ちゃんの希の字にはない、って知ってる?」
義人氏はそう言って、私の瞳を覗き込んだ。

……そうなの?

「のぎへんの稀の字が持つ意味なんや。それが、文部省の間違った漢字認識のせいで、合体してめちゃくちゃになってんの。せやし、希和子ちゃんの希は、希望の希で、ギリシャの希やで。」

突然ギリシャを出されて、ちょっと笑った。
けど、義人氏は真剣そのものだった。




「義人ー。希和子ちゃーん。お茶にするから、いらっしゃい。いろんなケーキを買ってきてもらったわよ。」
遠くのほうから、義人氏母がそう呼んでいる。

いろんな?

「ほな、いこか。」
踵を返した義人氏の背中に聞いた。

「いろんな、って……」
イチゴやチョコだけじゃなくて、モンブランとかあるかしら。
ドキドキしてきた。

「あ~。たぶん、希和子ちゃんの好みがわからへんってぼやいてたから、今回はお試しのつもりであちこちから集めてきたんちゃうかな。無理して喰わんでええしな。」

「……何でも美味しくいただくのに。」
スーパーの100円ケーキでも、ボランティアさんのスポンジみたいなケーキでも、文句も不満もなかった。

「まあ、母自身、あれこれ試すんが好きなんや。つきあったって。コンサバトリーかな。」

義人氏の言葉通りだった。
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