夢が醒めなくて
……確かに美幸ちゃんは、年齢以上に色気のある美人さんだけど……まだ小学生なのに。

何とも言えない気分の俺に、美幸ちゃんはペラペラと他の子達の話もしてくれた。

希和子ちゃんや美幸ちゃんと同じ6年生の芦沢啓也くんは、生まれてすぐにご両親を事故で亡くし、さらに3年前に親代わりに育ててくれたおばあさんが亡くなって施設にやってきたそうだ。

そして5年生の牛山照美ちゃんは、出生と同時にお母さんが亡くなり、アル中のお父さんからの暴力を避けて施設で暮らしているらしい。

「でも、希和ちゃんが一番かわいそう。捨て子なの。『希和子』って書いた半紙をキョンシーのお札みたいに額に貼り付けてあったんだって。名字の武田は、その当時の施設長の名字。」

……みんなかわいそうで、みんな愛しいよ。
美幸ちゃんは、あっけらかんとしてるけど、聞いてる俺は胸がつまって、不覚にも涙ぐんだ。



その日から、ますます児童養護施設に行くのが楽しみになった。
乳幼児はもちろんかわいいし、午後3時には仲良くなった子達が帰ってくる。

このあいだのスナック菓子がバレて怒られたので、小さなお菓子を差し入れながら、俺達は交流を深めた。

……ただ、希和子ちやんだけは、相変わらず無表情だった。
もちろん、何の連絡も寄越さない。
一緒に話していても、つまらなさそうだ。

もしかして、気を遣って参加してくれてるけれど、本当は1人になって読書してたいんじゃないだろうか。


何となく不安になって、俺はその日一緒に風呂に入った芦沢啓也くんにそれとなく聞いてみた。

「義人さん、気ぃ遣いすぎ。希和ちゃん、あれで、けっこう楽しんでるで。ほんまに嫌やったら、いつの間にか黙って消えてるわ。」
啓也くんはそう言って快活に笑い飛ばした。

……ボランティアの学生は、この施設では「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」と呼ばれるのが常だが、いつの間にか俺は名前で呼ばれていた。
それだけ打ち解けたと思っていいのか。

「啓也くんは、何が好き?いつもパソコンの前にいるけど、興味あるん?」

湯船でパシャパシャ遊びながら、啓也くんは答えた。
「うん。学校でもパソコンクラブに入ってるねん。俺ら、旅行もしたことないから、インターネットで見聞のお裾分けしてもろてる。」

旅行したことない?

表情を失った俺に、啓也くんは慌ててつけ加えた。
「来月、はじめての旅行やねん。修学旅行。あ、もちろん、遠足とかでけっこう遠くにも行くで?琵琶湖とか、大阪とか。奈良も行った!」

……しまった。

小学生に気を遣わせてしまった。

つくづく、修行が足りないよな、俺。
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