夢が醒めなくて
7月に入った。
梅雨は終わってないけれど、京都では祇園祭が始まり、日一日夏へと向かっている。

「竹原、ちょっといい?」
ゼミの演習室に入ってすぐ、待ち構えてたらしく小門がそう声をかけてきた。

「うん?」
「ゼミの後、なんか予定ある?」

……約束は、ない。
何となく、毎回大薗まゆ嬢と過ごすことが多いだけだ。

でも、ハッキリ言って、彼女より小門に興味があるし、話がしたいと4月からずっと思っていた。
けど、いわゆる「パラダイス経済」の3回生ともなると、大学に来る日数も激減する奴が多い。
特に小門は、なるべく神戸の家に居たいらしく、今年の前期は週2日しか大学に来ないそうだ。

やっとチャンス到来か!
俺は喜び勇んでお誘いに飛びついた。


「じゃあ、乾杯。」
まだ夕方にもならないうちに男2人で入ったのは、酒屋の経営する立ち飲み屋。
かなり珍しい酒もグラスで提供してくれる、実に良心的な店だ。
賑やかなカウンターではなく、店の隅の樽に肘をついて俺達は斜(はす)向かいに位置取った。

「……ごめん。そんなにいい話じゃないけど。」
小門は乾杯することに抵抗感を示した。

まあ、そんな雰囲気だよな。
たしかにめっちゃ言いづらい話があることだけはヒシヒシ伝わってきて、俺も身構えてしまってるし。

「飲まんとできひん話やろ?なに?あおいちゃんと喧嘩でもしたん?」
そんな話のわけがない。

小門は苦笑して、運ばれてきた壱岐焼酎の原酒を舐めた。
「……旨いわ。これ。」
しみじみそう言ってから小門は切り出した。
「妹さんの話やけど……」

「由未?え?何?」
やばい話?
ドキドキしてきた。

冷静さを欠いた俺は、泡盛の古酒をそのまま煽ってしまった。
喉が、焼け付きそうだ。

「妹がどうしたって?まさか、あの猿、ええ加減な気持ちで手ぇ出したとかちゃうやんなあ?」

てか、そうとしか思えない。
ムカつく。
あんな猿にもってかれるなら、いっそ俺が……

「竹原まで、佐々木を猿って呼ぶのか。あおいと一緒やな。……俺はむしろ精悍なイケメンやと思っとーから、気の毒やってんけど……残念ながら、見境のない猿やったな。」

小門はそこまで言って、俺を見て、慌てて手を振った。

「竹原?息しとる?真っ青やで。あ!違う違う。由未ちゃんは、セーフ。本人はどん底やろけど、むしろ、セーフ。」

プハッと、無意識に変な息をついてしまった。
本当に息が止まってたらしい。
てか、頭がマジでガンガンする。

「妹は、失恋したってことか?」
そう聞くと、小門はうなずいた。

「そうか……。由未、泣いてるやろな。」
ため息をついたけれども、口元が緩むのが自分でもわかった。

やっと、終わったか。

しかも、セーフってことは……まだ……だよな?
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