夢が醒めなくて
義人氏の姿はなかった。
洗濯物が出してあるところを見ると、一旦帰宅してまた出て行ったのだろうか。
由未お姉さん、見つかったのかな。

「……怪しい。」
お母さんは、義人氏が女性の部屋に泊まったとでも思ったらしい。
同調も否定もできず、私は黙って朝食の準備を手伝った。

午後になって、ようやく義人氏が帰宅した。
「お兄さん。あの……」
玄関先で由未お姉さんのことを聞こうとしたけど、お母さんまで義人氏を迎えに出てきたのでそれ以上聞けなくなってしまった。

「大丈夫や。帰ったわ。」
義人氏は私にそう言ってから、お母さんにおどけて見せた。
「ただいまー。どしたん?鬼みたいな顔して。何かあった?」

するとお母さんは、烈火のごとく怒った。
「希和ちゃんに謝りなさい!義人が希和ちゃんを放り出して、淋しい、心細いさせるから、夜中に怖い夢見て、寝られなくなったんやから!」
……いや、たまたまタイミングというか……義人氏のせいじゃないんやけど。

でも義人氏は顔色を変えて、私の手を取った。
「希和?ごめん。大丈夫やったか?……ほんまに、添い寝しなあかんかったんか……」

「お母さんが一緒に寝てくださいました。」
笑顔でそう報告すると、義人氏はホッとしたような顔をしたけれど……ガッカリしてるようにも見えた。




結納の前日、由未お姉さんが帰宅された。
恭匡(やすまさ)さんは、結納が入るまではケジメをつけたいらしく、今夜は京都のお家にお独りで泊まられるらしい。
お父さんの勧めで、義人氏が恭匡さんと夕食に行くことになっているそうだ。

「恭匡さんと2人で飲みに行くの初めてやな。」
何となく義人氏はうれしそうだった。


遅咲きの濃い紅梅がやっと満開になった。
東京では既に桜の開花宣言が出されたというのにマイペースな小さな花が愛しくて、私はこの木の下で過ごすことが増えた。

その日もロッキングチェアに揺れて読書をしていると、車のエンジン音が近づいてきた。

由未お姉さんだ!
家に戻って玄関から出るのがもどかしくて、私は庭から直接飛び出した。

「ただいま。希和子ちゃん、卒業おめでとう。中学入学の準備もあるのに、こんな時期にバタバタさせてごめんね。」
由未お姉さんの笑顔がキラキラ輝いて見えた。

「おかえりなさい、お姉さん。」
たぶん由未お姉さんはそれほど美人というわけではないはずなのに、眩しいぐらい魅力的で綺麗だと思った。

これが幸せオーラというものだろうか。
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