夢が醒めなくて
イロイロ聞きたいことはあるんだけど……義人氏のこと、先週何があって家出したのか、結婚のなれそめ……でも、突っ込んだ話過ぎて失礼だろうか?と、つい遠慮してしまう。

たぶん由未お姉さんも、何をどう話せばいいのか困惑してらっしゃるのだとお見受けした。
決して、悪い感情も壁もないんだけど、仲良くなるきっかけが見つからなかった。

結局由未お姉さんは、紅茶を飲み干すと、手持ち無沙汰になったらしく、立ち上がった。
そして、ティーカップやポットをトレイに戻しながら……意を決したように私を見て口を開いた。

「もし、どこかへ逃げだしたくなったり、この家を出たくなったら、私に連絡ちょうだいね。離れてるけど、本当に姉だと思って、いつでも頼ってね。」

あまりにも突然の言葉で、ポカーンとした。
何を言ってらっしゃるのだろう?

……あ、そうか。
先週、由未お姉さん、家出しはったから……ご自分の経験を踏まえて、私を心配してくださってるのかな。

確かに、私には逃げ場がない。
今のところ、お父さんもお母さんも義人氏も、すごくよくしてくだるし、逃げ出す理由はないんだけど……先のことはわからない。

私は、由未お姉さんを見つめて、黙ってうなずいた。
由未お姉さんは、ホッとしたようにちょっとほほ笑んで、部屋を出て行った。

……優しい。
ほとんど関わりがないまま突然妹になった私に対して、戸惑いがないわけないのに。
義人氏が溺愛するわけだ。

天使のようなお母さんの実の娘さんだもんね……由未お姉さんも優しいヒトなんだろうな。
私も、お母さんや由未お姉さんのように、素敵な女性になれるのだろうか。
……無意識にため息をついてしまった。



翌朝はとても慌ただしかった。
朝8時に美容師さんが来てくれて、お母さんと由未お姉さんと私の髪のセットと着付けを順番にやってくださった。

お母さんはこの日のために、由未お姉さんに豪華な作家モノの振袖を誂えていた。
そして、私にも鮮やかな友禅を肩揚げしてくださっていた。

「十三詣りが終わったら、肩をほどきましょうね。」
お母さんは指折りその日を待ってくださっていた。

「お兄ちゃんが振り向かそう振り向かそうとあの手この手でイケズするけど、振り向いたらあかんで。」
由未お姉さんがそう力説していた。

十三詣りの後、渡月橋を渡り切るまで振り返ってはいけない、という言い伝えがあるらしい。
せっかく授けてもらった知恵が落ちてしまうんだそうだ。
……義人氏……子どもっぽいイケズをしてたのね。


11時にお仲人様ご夫妻と共に恭匡さんがいらっしゃった。
普段使わない和室の床の間に、3人はほぼ無言で豪華なお道具を飾り付けられた。
お仲人様の仕切りで、古式ゆかしく結納が無事に納められた。

「幾久しく、って綺麗な言葉ですね。」
お膳をいただきながら、義人氏に話し掛けた。

「ああ。美しい日本語やな。……幾久しく、希和に幸せを。」
義人氏は、どこまで本気なんだか、ほほ笑んでそう言った。
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