夢が醒めなくて
最愛だった妹の由未が結納を終えたのに、俺は覚悟していたショックも寂寥も感じなかった。

まだ幼なさの残る肩揚げの着物の希和が退屈していないか、足が痺れていないか……希和のことばかりが気になった。

幸せそうな由未の笑顔を見ると、いつか希和の光り輝く笑顔を見たいと願い、恭匡(やすまさ)さんが由未に贈った指輪に目をやると、希和にはどんな宝石が似合うだろうと思案した。

……家で希和が気に入ってつけてるピンクの真珠は素晴らしく映えているけれど、中学に付けていくには目立ち過ぎるかもしれない。
入学祝いに、ずっと付けてられそうなアクセサリーをプレゼントしたい。
何がいいだろう。

仲人夫妻をお見送りして全てが終了したあとも真剣に悩んでいると、着物を脱いで洋服に戻った希和が必死の形相で駆け寄ってきた。
「どした?」
俺も着替えようと、カフスボタンをはずしながら尋ねた。

「あの!由未お姉さんから卒業祝いと入学祝いをいただいたのに、私、何も準備してなかったんです!お姉さんだって、卒業されて、合格されて、入学されるし、ご婚約までされたのに!私もお祝いしたいんやけど、どうしたらいいのかわからなくて。」
希和は泣きそうな顔でそう訴えた。

正直、びっくりした。

「いや、希和は、何もせんでいいんちゃうか?お祝いしたいんやったら、言葉で充分やろ。」

まだ子供なのに、そんなこと考えていたのか。
そういや、昨日、由未からプレゼントを受け取った時も顔を真っ赤にして困ってたっけ。
……真面目というか、気を遣い過ぎというか……

「だって、私よりお姉さんのほうがおめでたいことやのに……」
いつまでも納得できなさそうな希和に、俺は、ひらめいた。

「じゃあさ、これから一緒に買いに行こうか?俺らからの由未へのお祝い、選んでくれるか?」

希和はしばし考えてうなずいた。
よし!
ついでに、希和にも買ってやろう。
一石二鳥やな。


桜の見頃まではまだあと一息だが、既に観光シーズンに入った嵐山はかなりの賑わいだ。
今日は行き先も繁華街なので、電車で移動した。

ずっと車だった希和は、物珍しさでキョロキョロし、表情には出てないけれどはしゃいでいるようだった。

阪急嵐山線で桂駅まで下り、京都線に乗り換える。

「あ!あれ!?今度、連れてくれるの。」
歌劇のポスターを指さして、希和が首をかしげるように俺に尋ねた。

さらりと髪が揺れて肩をすべり落ちた。
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