夢が醒めなくて
……施設にいた頃はボサボサだったけれど、うちに来てから母親が毎日うれしそうに希和の御髪(おぐし)係となって世話をしている。

母親は、希和がトラウマで首筋をさらけ出すのを嫌がっていることも承知しているので、必ず後ろの髪は垂らしたまま艶やかな髪をかわいく編み込んだり結ったりしている。
希和も母親に懐いてるし、手をかけてもらうことが素直にうれしいらしい。

「ああ。それや。和物やけどな。源氏。希和、そういうの、好きやろしちょうどよかったな。」
「源氏物語……」
希和は、ポスターと俺を何度も見比べて……ちょっと引きつった。

「何?その反応?ん?俺が光源氏みたいにカッコイイって?」
昔からよく例えられてきたので、俺は何のてらいもなくそう言った。
でも希和はあからさまに呆れているようだ。

「……光源氏って、誰か1人でも本当に女性を幸せにできたと思いますか?」
希和の質問はシビアだった。

「……どやろ?……少なくとも感謝はしてたんちゃうん?……いや、でも……温情深かってんろ?光源氏って。女性を、後々まで世話したとか……」
言えば言うほど、希和の目が冷たくなっていく。
俺は言葉を失ってしまった。

「やっぱり男性って感性が鈍いのかな。経済的な援助で責任を果たしたって思ってしまうんですねえ。」
希和はそう言って、再び天井からつるされた中吊りを見上げた。
見目麗しい新トップスターが艶然とほほ笑んでいた。

外に女がいるのが当たり前の父親を見て育った俺には、希和の言葉は新鮮だった。

俺だけじゃない、母親も妹の由未も、父親に対しては畏敬や感謝はあるものの……やはり諦めざるを得ない部分が多かった気がする。
そして俺自身も、女に不自由したことはない。
いや、それが複数の女との関係を継続する理由にはならないのはわかっている。

とても、希和を納得させることはできない。
俺もまたポスターを見上げて、ため息をついた。


「源氏の女性達の主役は、たぶん紫の上ですよね。」
希和の声がいつもより固い。
俺が光源氏なら希和は若紫……周囲から嫌というほど囁かれてるのだろう。

「でも、私は紫の上にはなりたくない。」
希和はそう言って、俺を見た。

睨まれた。
……いや、違う。
瞳が、揺れていた。

そうか。

知らず知らずのうちに、俺は希和を追い詰めて傷つけているのかもしれない。
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