夢が醒めなくて
「嫌いじゃない。悲しい。……お互いにとって一番大事な人が1人いたら、それで幸せちゃうの?」

希和の言う通りだ。
「そやな。……まあ、時代と立場で価値観は変わるし、恋愛も永遠じゃないから一概には言えへんけどな。」

「ベターハーフ。」
希和は突然そう言った。

「ああ、プラトン、読んだんか?『饗宴』。」
うなずいた希和の頭にそっと触れた。

「そうか。俺もアンドロギュノスの話は好きや。自分の良き半身やもんな。」

「誰もが自分の半身をすぐに見つけられたらいいのに。」
希和はそう言って、首を傾げて聞いた。
「ベターハーフを裏切ることは、ないですよね?」

……去年の夏、由未と似たような話をした記憶がある。
でも、あの頃の由未より、希和のほうが深いのはどういうことだろう。

こういうのって年齢じゃないんだな。
希和は、由未のようには簡単に言いくるめられてくれなさそうだ。

電車の中なのに、俺は本気で考えて答えた。
「少なくとも、俺はない。ベターハーフは失った良心の象徴やと思うから、嘘はつけへんし、適当に誤魔化したくもない。傷つけたくないし、誠実でいたい。」

……ああ、そうか。
これって、まんま、さっきの俺やん。


希和は、俺のベターハーフなのかもしれない。



「失った良心の象徴……」
希和はそうつぶやいて、うなずいた。

「一緒にいると、なりたい自分でいられる存在。」
俺は重ねてそう説明した。

ハッとしたように俺を見て、希和は何度もうなずいた。
何か通じるものがあったらしい。
ちょっとホッとした。

「双方向性が必要やけどな。……希和は?どんな自分になりたい?」
……ずるいかもしれないけど、今後、希和の意志を尊重するためにも聞き出したかった。
希和は、すぐに答えられないらしく、しばらく沈思した。

そうこうしてるうちに電車は終点に到着した。
思索にふける希和の手を引いて、母の懇意の宝飾店へと入った。

「いらっしゃいませ。竹原さま。いつもありがとうございます。」
担当社員が飛んできて、希和の真珠のネックレスに目を留めて微笑んだ。

「こんにちは。今日は、妹へのプレゼントを探したいんだけど……彼女が選ぶから相談に乗ってください。」
「ご婚約された妹さま、ですか?」
「ええ。希和。何がいいと思う?」

呼ばれて、希和はハッとしたように顔を上げた。
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