夢が醒めなくて
小門はそんな俺を見て、ちょっとほほ笑んだ。
「その顔見て、安心した。」

少し照れくさくて、俺はまた泡盛を舐めた。

「ほんの半月ほど前には、妹さんの恋が成就しそうって喜んどってんけどな。……まあ、縁がなかったゆーことか。」
「何かあったんけ?」

少しためらってから、小門は教えてくれた。
「先月のことや。妻に妹さんが報告してきたんによると、佐々木がチア部の子を妊娠させたらしい。その子は大学中退して産む気になっとーから、佐々木は責任取るゆーて、その子と結婚しよるってよ。」

……胸が鋭い痛みを訴えた。

最愛の妹の失恋よりも、猿と揶揄してる佐々木和也が、授かった命を育む道を選んだことに敗北感にも似たものを覚えた。

事情はあるだろうし、最良の選択肢でもないかもしれない。
それでも、全てを諦めた俺より、はるかに男らしいし、うらやましかった。

「えらい茨の道を選んだんやな。サッカー、続けられるんやろか。せっかく活躍してるのに。」

「……ああ。妻は妹さんを心配しとーけど、俺は佐々木の将来がこんなことでつぶれてほしくないんや。まあ、自業自得やし、竹原の妹さんも傷ついてるのもわかるけど、俺だけは佐々木の味方でいてやりたいと思っとー。あいつが夏休みにこっちに戻ってきたら、サッカーをあきらめへんように説得するつもりや。すまん。」
そう言って、小門は頭を下げた。

いやいやいや!

慌てて俺は小門に頭を上げさせた。
「お前が謝ることひとっつもないって。やめてーな。たまたま、あの猿の先輩ってだけやん。」

理知的はずなのに、実はびっくりするほど体育会系脳なのか?

「……正直、妹さんと佐々木が合うと思っとらんかったくせに、あおいが応援しとるんを、俺は利用してたから。妹さんの時間を無駄にした。ずっと申し訳なく思ってたから。」
小門はそう言って、うつむいた。

そうか。
こいつは、ずっと罪悪感を抱いていたのか。
真面目な奴。

「小門のせいちゃうやん。気負いすぎ。それに、そんなんゆーたら、俺も同罪や。由未を東京に行かせたんは俺やからな。……いいんや。ちゃんと恋して、ちゃんと失恋したんやったら、無駄ちゃうわ。」
そう言ってから、小門の肩を軽く払った。

「……なんか、ついとった?虫?」
小門の問いに、俺は肩をすくめて見せた。

「いや。なにも。強いていえば、お祓い?よけいなもん背負い過ぎやろ。小門。家族と、将来嗣ぐ会社だけにしとき。佐々木の猿かて、もう大人や。ほっとけほっとけ。」

キョトンとして、それから小門はちょっと笑った。

「そうかもな。会社ゆーても、竹原んとことは比較にならんけど。」
< 14 / 343 >

この作品をシェア

pagetop