夢が醒めなくて
光くんは小さなリュックを持ってくると、俺のすぐ前に座り込んだ。
そしてリュックの中から取り出したのはミニアルバムのようだ。

「ああ、さっちゃんの写真?見せてくれるの?ありがとう。」
そう言って、俺も光くんのすぐ前に座った。
てか、玄関先の廊下に座らなくても、すぐ先が庭に面した座敷なんだけどな。

「さっちゃん。」
光くんはニコニコして、俺の前というか、俺の膝にチョコンと座って、目の前にアルバムを開けてくれた。

人懐っこい子だな。
多少驚きつつ、アルバムを覗き込んだ。

……え?
愕然とした。

アルバムには天使が2人仲良く写っていた。
1人は、光くん。
そしてもう1人は、愛らしい美少女だ。

あどけない瞳も、さくらんぼのような唇も、摘まみたくなる形のいい鼻も……懐かしく感じた。
かつて愛した女性、夏子さんの面影だけじゃない、俺の母親にもどことなく似ている気がした。

これって……桜子じゃないか?

夏子さんは、結婚したヒトに「なっちゃん」と呼ばれていた。
桜子は、そうか、さっちゃん、なのか。

「桜子ちゃん?」

ドキドキを押さえて、なるべくさりげなく光くんに聞いてみた。
光くんはニッコリ笑ってうなずいた。
「うん!」

……ああ、やっぱり。

「光くんのお友達?」

重ねてそう尋ねると、光くんの瞳がふっと色を変えた……気がした。
別人のような表情だ。

「さっちゃんは、おじいちゃんのお友達の子。優しい女の子だよ。」
声は子どもなのに、大人のような口調で光くんはそう言った。

「そう、か。幸せそうやな。」
光くんの変調が気にならないわけはない。
でもそれに対して突っ込むのはやめて、俺は逢えない我が子の写真にそっと指を這わせた。
間違いなく美人になるな。
かわいい……かわいい、桜子……さっちゃん、か。

「幸せ。うん。幸せ。お父さんもお母さんもおばあちゃんも、みんな可愛がってくれて。……さっちゃんと僕は、似てるから……心から幸せだから。」
光くんはそう言って、うつむいた。

……この子は、いったい?
多重人格というわけでもなさそうだが……。
よくわからない。
わからないけれど、俺にわざわざ桜子の写真を見せてくれたことには意味があるのだろう。

俺は、ただそのことに感謝することにした。
「よかった。ありがとう。光くん。これからも、桜子ちゃんと、仲良くしてな。」

そう言ったら、光くんは微妙な言い方をした。
「うん!さっちゃんは、ほとんど家族。」

家族、か。
ポンポンと、光くんの頭を撫でてから、もう一度アルバムを見て、俺は立ち上がった。

「ありがとう。光くん。またね。」
光くんにそう言ってから、

「小門-!帰るわ!またなー!」
と、大声で叫んで、天花寺家京都別邸を出た。
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