夢が醒めなくて
馬刺しが運ばれてきた。
真っ白なたてがみの美味さに舌鼓を打った。

「めちゃ美味いわ。でもこれに泡盛は、馬刺しがもったいないか。んー、大吟醸、原酒で見繕って。」

そうオーダーしてから、声のトーンを落として言った。
「でも小門は生まれた時から会社を継ぐ子ぉとして育てられてきてんろ?会社自体も歴史あるって聞いてるけど。うちは逆。父親が作ったワンマン会社やから俺に継がせる義理はないってハッキリ言われてる。実際、他に継がせたい候補もいてるし。」

「……マジで?それで、竹原、2代目やのにボーッとしとらんのか。めちゃ自己研鑽しとーし、そんなにあのお父さんが厳しいんかと思っとった。」
小門が見たうちの父親がどんな様子だったのか知らないけれど……状況を慮(おもんぱか)ると、たぶんデレてたんだろう。

「うまく言えんけど……怖いヒトや。いつ足元をすくわれるかわからんし、どうすれば認めてくれるんかもいまだにわからん。俺自身も、どうすれば父親を許せて、好きになれるんか……まったく見当もつかへんわ。」

もしかしたら、多少酔ったのかもしれない。
珍しく俺は弱音を吐いていた。

「ふぅん。まったく状況違うのに、何となくわかる気がする。てか、もしかして、竹原と由未ちゃんって、異母兄妹とか、血のつながりなかったりするん?」

小門も酔ってきてるらしいな。

「あ、ごめん。俺、変なことゆーとる。今の、なし。」
慌てて手をパタパタしてそう打ち消そうとしたようだ。

でも俺も酔っていた。
「いや。由未とは父親も母親も同じ。でも、母親の違う妹も、外にいる。俺が知らんだけでもっといるかもな。」

胃のあたりだけが妙に冷たく感じる。
酒が足りない。
受け取った大吟醸はとても冴えていたけれど、さすがに原酒らしく深いコクがあった。
これなら、たてがみと合いそうだ。

小門は少し沈思してから問うた。
「夫婦仲、いい?お父さんとお母さん。」
「ああ。意外と喧嘩してるとこ見たことない。母親ができたヒトなんか、あきらめてるんか。」

そう答えると、小門は言いにくそうに言った。

「うちは、俺が生まれる前から別居しとってん。父親が結婚前につき合っとった女性が妊娠を隠して父親と別れてんて。でも彼女の両親が事故で亡くなって、葬儀に参列した父は独りぼっちになった彼女が自分の子を妊娠してることを知ってほっとけんくなったそうや。父親は母親と離婚せんことと会社を守ることを条件に家を出て、彼女と子供と内縁の家庭を持った。でもその子もちっちゃい時に事故で亡くなってしもたらしい。俺も母親も、ずーっと父親に逢っとらんかってんけど……インターハイに父親が来てくれたんがきっかけで、少し交流し始めた。それに、母親と、よりを戻したっぽい。でも一緒に住んでる彼女を今さら捨てられへんみたいで、何か、戸籍上は夫婦のくせに不倫みたいなことになっとるわ。」
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