夢が醒めなくて
そう唸るとあおいちゃんは苦笑した。

「家族にだけはね。それと、お友達の桜子ちゃん一家は好きみたい。」
ドキッとした。

「えー。そうなんや。なんか光栄やな。しかし光くん、ほんまに綺麗な子ぉやなあ。頭もいいんやろ?小門がデレてた。」

無駄かもしないけど、平静を装ってそう返答した。
桜子のことは、なるべくなら知られたくなかった。

俺はいい。

でも、小門一家が桜子と親交が深いのなら……桜子の耳に入らないとも限らない。

本当の父親が外にいるなんて情報は、夏子さんが判断して伝えるべきことで、他人に知らされるようなことじゃない。

……桜子に余計なショックを与えたくない。
何もできない父親だけど、娘の心に傷を付けるかもしれないことは避けたい。
そんな気遣いしかできないなんて、マジで情けないけどな。



あおいちゃんは時計を見た。
「お兄さん。ちょー早いけど、ランチ行こ。ランチ。」
急に友好的だな。

「小門は?」
「せやしギリギリにしか来(こ)ーへんゆーとー。パスタがいい。」

あおいちゃんは俺の腕を引っぱりかねない勢いだ。
「……はいはい。ちょっと歩くけど旨い店あるわ。」
諦めて、住宅街の隠れ家イタリアンにあおいちゃんを連れてった。

半個室の狭いテーブル越しにあおいちゃんと向き合って座る。
綺麗な子だよな、ほんと。

由未から仲良しエピソードは聞いてたし、小門も岡惚れしてるのに、なぜか俺は彼女が苦手だった。
自分の中から目を反らしたい部分を彼女が持っているからかもしれない。
ベターハーフじゃなくて、ワースハーフだな。

「光、お兄さんに何か変なことゆーとりませんでした?」
ガーリックトーストのおかわりまで平らげて、あおいちゃんはそう聞いた。

「うん?うん。まあ。仙人みたいな子やな。」
同じぐらい頭がいいと小門に聞いてるけど、光くんには、あおいちゃんに感じるような鋭さはなかった。
むしろ、神か仙人の慈愛のような優しさがあった気がする。

「仙人ね。ありがと。……ごちそうさま。おいしかった。」
あおいちゃんはそう言って、名残惜しそうにパスタのフォークを置いた。
「どういたしまして。光くん、囲碁も強い?」
「私より、頼之さんより強いで。お兄さん、できよーなら、今度相手してやって。喜ぶわ。」

おや。
珍しくあおいちゃんが母親の顔をした。

「ごめん。全然できひん。てか、したことない。むしろ光くんに教えてもらおうかと思ってんけど。」

俺がそう白状すると、あおいちゃんはきょとんとした。
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