夢が醒めなくて
父親は血統だけじゃなく学歴コンプレックスも強い人間なので、俺に院に残ることを希望している。

「まあ俺はそのつもりやけど、え?小門も?結婚してるし、責任感強そうやし、逆に早く働きたいんかと思ってた。」
俺がそう言うと、小門は気恥ずかしそうに笑った。

「……ちょっと前まではそういうタイプやってんけどな、父親と交流するようになってから、今までの分もスネかじりさせてもらうことにしとーねん。目標は、あおいが卒業するまで一緒に京都で学生を続けたいんやけど。」

へえ!
あおいちゃんの卒業って、まだ入学してきたばっかりだぞ。
「院に3年残るんか?」

「……いや、どうせ残るなら博士課程もちゃんと終了したいから……途中でもう1人産んでもろて、あおいを留年させる予定。これ、あおいに内緒な。」
ニヤッと小門は笑った。

悪い男~~~!
でも、当分京都で学生をする気なのか。
あおいちゃんとも、打ち解けられたっぽいし、楽しくなりそうだな。

とりあえず、今年の飲み会では、誰にもお持ち帰りされないように、気をつけよう。


夕方、一連の作業を終えると、ゼミの担当教授が俺達を飲みに連れてってくれた。
「私としては、君達のように優秀な学生が院に来てくれるのはうれしいけど、いいのか?研究者になるつもりはないのだろう?……経済学部院卒の肩書きなんか社会ではむしろ印象悪いぞ?」
忌憚ない教授の言葉に、小門と俺はつい笑ってしまった。
院の先輩がたもそうぼやいてたっけ。

「先生のご論文を拝読して、このゼミを選びました。あと1年のゼミではとても足りません。ご指導、よろしくお願いします。」
小門は神妙にそう言った。

満足そうな教授と、心の中で舌を出してるくせに真面目な顔をキープしてる小門を何度も見比べて、俺は笑ってしまった。




4月の終わり頃、希和は囲碁部に入部した。
「単純なのに奥が深いから、すごく楽しい。」

何となくそう言い出すような気はしてたよ、うん。
きっかけは、昨冬のコミケだ。

堀正美嬢に連れてってもらった騒然とした会場で、希和は麗しい装丁の同人誌を手に取った。
平安時代の直衣姿の髪の長い中性的な貴族の亡霊と現代人が囲碁を通じてBLなんだそうだ。

原作はおもしろい囲碁漫画なのに、どうしてBLなんだろう。

男には理解できない腐女子のノリで、ますます希和は堀正美嬢と仲良くなったようだ。
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