夢が醒めなくて
正直なところ、希和まで同人誌を作るとか言い出したらどうしようと心配だった俺は、落ち着いた先が囲碁部だったことにホッとした。

「部活は週2回?ほなその2日は遅くなるし迎えに行くわ。」
あれこれ理由をつけては希和の送迎をしたがる俺に、希和はいまだに慣れないらしい。
「大学生て、そんなに暇なんですか?」
と、いつもの憎まれ口を言っていた。

暇だ。

就職活動も教育実習もバイトもない俺は、もともと、遊びと勉強をする時間だけはたっぷりあった。
なのに最近は遊びも減ったからな。
「うん。暇に任せて、囲碁の定石も覚えたわ。たぶん今は希和より強いで。」
そう挑発したら、希和は目の色を変えた。
闘争心までかわいく感じる。

「……碁盤取ってきます。」
と、練習用に買ったらしいプラスチックの碁石と折り畳み式の碁盤を自分の部屋に取りに行った。

やっぱりプラスチックじゃ雰囲気出ないな。
小門ん家(ち)の、ぶっとい足付きの分厚い一枚板の碁盤に、石や貝の碁石を置く感触を覚えてしまった俺は、せめて碁石だけでも本物を買おうと心に決めた。

「……くやしい。お兄さん、囲碁、知らないって言うてたのに。」
「うん。知らんかったー。でも覚えた。」
本気でくやしがってる希和がかわいくてかわいくて、俺は笑いが止まらなかった。

それがますます希和はくやしいらしい。
……光くんに感謝、だな。

光くんは、連珠のほうが強いけど、囲碁もものすごく強い。
定石も完璧に覚えてるし、棋譜も全て書ける記憶力を持っている。
終局後に一手一手の意味を解説してくれるので、一局対戦するごとに俺も強くなれている気がする。

……まあ、棋譜を実際に紙に書いてくれるわけではないので、俺のほうにも手順を覚えてる記憶力が求められてるけど。
すごい子だよ、ほんと。

「定石って、必要ですか?」
希和は真剣にそう聞いてきた。
「うん。必要。めくらめっぽう打っても、こてんぱんにやられるで。まあでも、俺みたいに丸覚えするより、希和は何でそうなるんか一つ一つ考えて覚えてくタイプか?」
……あおいちゃんは丸覚えで、小門はじっくり考えて理解して覚えてったそうだ。

「わかりません。でも覚える。無理やりでも覚えて、お兄さんに勝ちます。」
本気でそう言ってる希和に、俺は余裕綽々で答えた。

「実践しながらでいいんちゃう?英語のカテキョーの後で、囲碁の相手したろうか?」
希和は、勢いよくうなずいた。

握った拳がぷるぷる震えていて、めちゃめちゃかわいかった。
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