夢が醒めなくて
しかし、光くんは俺が囲碁を理解してきたことを察知すると、今度は定石を逸脱したイレギュラーな打ち方をしてきた。

「これ、どういう意味やったん?」
終局後に、解説を求めると

「布石。あと15手先で効いてくるはずだったの。」
と、完全に俺の発想の範疇を超える手を打ち出した。
さすがに舌を巻いた。

「……な。天才やろ。俺ら凡人にはそこから先はきついで。」
おいおいおい。
連珠世界一の小門が凡人なわけねーだろ。
でも、レベルの違いはよくわかった。

「ごめん。光くん、解説して。紙に書いて。」
単純に15手というけど、一手ごとにいくつもの選択肢があるから、考える手は数百手にも及ぶはずだ。
さすがに、頭の中で処理できない。

「んーとねー……。」
広告の裏に戦隊ヒーローの鉛筆で碁盤の目を書きながら解説してくれる光くんと過ごす時間は、俺の脳を酷使させた。
……理解するだけで必死。
これ、いつか、希和を相手に繰り出せるんかな。

疲れた脳をリフレッシュさせるには甘いものが一番だな。
希和を迎えに行ったついでに、学園のすぐそばの店で飴を買った。
車に戻って舐めてると、見知った顔が近づいてきた。

陶芸家の息子の、朝秀春秋くんだ。
「あー!竹原せんぱーい。」
俺に気づいた朝秀くんが、駆け寄ってきた。

「よぉ。飴、喰う?」
窓を開けて、袋ごと飴を渡した。

「希和子ちゃん、休み時間まで囲碁の本読んでましたよ。」
朝秀くんの口調が少し俺を責めてるように感じた。
……てか、ちゃっかり希和を名字から名前で呼び改めてるんや。

「ふーん。熱心やん。朝秀くんは?囲碁せんの?」
「できませんよ。定石って何ですか?意味わからんわ。」
なるほど、朝秀くんは全く興味がないらしい。

希和がかまってくれない愚痴を俺にこぼす朝秀くんに、苦笑いしてると……目の端に映った人影にハッとした。
あいつだ。
体育の時間に、希和が目で追ってた男子。

「なあ。朝秀くん。あの子、誰?サッカー部の、ひょろっと、ちっちゃい子。」
我ながらひどい言いぐさだ。

朝秀くんはサッカー部に目を凝らして、ちょっと笑った。
「あー。坂巻か。幼稚園から一緒のツレです。あいつん家(ち)、寺なんですよ。せやのにうちの学校。毎日のミサも普通に参加してるんが、逆に不思議ですわ。」

さかまき……寺……
嫌な予感がする。
てか、嫌な予感しかしない。

いや、名字が一致してるんだし、予感じゃなくて確定だろ。
これが、仏縁というやつか。
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