夢が醒めなくて
「お父さんとお母さん、大丈夫かな。」
温泉寺、御所泉源、極楽寺、極楽泉源から有明泉源、天神泉源を回って、噂の金泉焼を買いに来た。

包んでもらってる間に、試食の金泉焼をいただいた。
試食なのにまるごと1つもらって驚いたけれど、醤油の香ばしさと塩気がすごく美味しかった。
中のあんの甘さとの絶妙な取り合わせ。
なるほど、これは、試食したら買っちゃうかも。

「大丈夫やろ、今さら。お父さん、実際、最近は外泊もしてはらへんやろ?お母さんにもお父さんの贖罪の気持ちはわかってるはずやし。」
義人氏の言葉に、私はチクッと胸が痛くなった。

……確かにお父さんは毎晩けっこう早くに帰宅してはるけど……義人氏も遅くなっても帰宅しはるけど……

「有馬って宝塚から近いんですね。」
この流れでこんなことを言ってしまって、激しく自己嫌悪。

「……そやな。」
義人氏は言葉少なくそう言った。
舞台から私を凝視していた義人氏の彼女の1人。
あの美人さんを連れて、あの宿に泊まるのだろうか。
考えると、何だか気分が悪くなった。


「あ~。お母さん、金泉焼だけって言うてはったのに~~~。」
義人氏は、店を出ると、すぐに有馬サイダーを買った。

「いや、これは定番やし。希和も。はい。」
そう言って、抜栓したサイダーの瓶を私に手渡した。

何ともレトロなラベルと瓶に、ちょっと和んだ。
でも中の炭酸はけっこう強めでスッキリと美味しかった。

義人氏に手を引かれ、サイダーを飲みながら歩く。
お行儀悪い気もするんだけど……楽しかった。


宿に戻ると、ロビーのような空間のソファに案内されて、冷たいおしぼりと新茶とお菓子を持ってきてくださった。
金泉焼!

……なんだ……宿で出してくれるなら、わざわざ買いに出なくてもよかったんじゃ……
義人氏をチラッと見ると、ニコッと笑顔を向けられた。

常連さんだもんね。
わかってて、私を連れ出したんだ。
お父さんとお母さんを2人きりにして仲直りさせるため?
それから、初めて来た私に有馬を案内するため?

義人氏らしいけど……ちょっと微妙な気分。
私、いつまでたっても、義人氏の手のひらで転がされてる気がする。

「ほなまあ、大浴場の温泉入ってから部屋に戻ろうか。」
「温泉!金泉?……ここは硫黄はないんですよね?」
お母さんが好きだと言ってたのにな。

「ないなあ。でも有効成分の多いイイ温泉やで。ゆっくり楽しんでき。」
そう言って、義人氏はフロントで浴衣やタオルを受け取って私に渡した。

女性の浴衣は選べるので義人氏に任せたら、薄紫に撫子と桔梗の柄の浴衣を借りてきてくれた。

……もっと可愛い、子供っぽいのを選ぶと思ってたので、意外だった。
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