夢が醒めなくて
夜、お部屋に備え付けの温泉に、お母さんと入った。
こちらは銀泉なのね。
何となく、金泉のほうが雰囲気あるな~。

「お母さんは向こうの金泉には入らないの?」
「うん?明日の朝、入ってくるわ。」
……何となく……私が淋しがるからかなと気づいた。
義人氏がお母さんに一緒に入るよう頼んでくれたんじゃないだろうか。

子供みたいで気恥ずかしい。
でも、お母さんの白い背中を流してあげるのも、優しく洗ってもらうのも大好き。
幸せ。

いつまでこうして一緒に入ってくださるんだろう。
普通は中学生ならもう1人で入るらしいんだけど……
もうちょっとだけ、このままでいたい。


寝しなに、義人氏と碁を打った。
旅館の碁盤は20cmぐらいの分厚さで、めちゃめちゃ重くてドッシリしていた。
「……お兄さん、もしかして、打った順番、覚えてはるん?」
打ちながらそう聞いてみた。

「うん?うん。その場で棋譜を書ける程度には覚えてるで。……時間たつと忘れるけど。」
やっぱり!
義人氏が記憶力を鍛えてることは知ってたけど、そこまですごいなんて!

「じゃあ、後で教えてほしい。どこがあかんのか。」
そうお願いすると、義人氏は頭をかいた。
「教えてあげられるほど、囲碁を理解できてへんねんけど……定石やったらココに置くべきやった、とか、俺ならココに置いた、とかでよければ。」

よし!
……何となく、義人氏に対してライバル心を抱いて、しゃかりきに勝とうとしていたけれど、私はやっと悟った。

がむしゃらに対局を重ねたところで、何も変わらない。
私はもっと勉強しなきゃいけないんだわ。

義人氏は敵じゃない、むしろ心強い味方になってくれるだろう。
とりあえず、互角に打てる程度に強くなりたい!



翌朝、お母さんと大浴場の金泉に入った。
昨日あんなに淋しかったのに、すごく楽しくて気持ちよかった。

……これって、依存なのかな。
お母さんにも……義人氏にも……


朝食は、目の前の七輪で一夜干しを焼いてくださったり、豆乳から湯葉を引き上げた後でお豆腐にしたり、趣向をこらして振る舞われた。

食事の後、お父さんと義人氏が再び金泉に入ってから、チェックアウト。

すぐに帰るのかと思ってたら、義人氏がちょっと変わった観光地に連れてってくれた。
阪神高速を通って30分足らずで到着したのは、まるで日本昔話に出てきそうな茅葺きのお家。

「まあ!おもちゃみたい!」
おもちゃ?

お母さんも初めて来たらしく、はしゃいでらした。
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