夢が醒めなくて
「現存する日本最古の民家建築です。重要文化財ですよ。」
義人氏がお母さんのおもちゃ発言を窘めるようにそう説明した。

「ほう。江戸時代ぐらいか?」
お父さんも初めてのようだ。

「まさか。江戸ぐらいじゃ文化財になりませんよ。うちのゼミの先輩の実家は奈良で築400年超えの民家やけど無指定ですよ。……ココは、室町時代の建物です。」
義人氏の説明に息を飲んだ。

「築何百年?」
「正確にはわからないけど、600年ぐらい?」

600年。

「……すごいですね。お家が続くだけでもすごいことなのに、建物まで。」
すごいとしか言えないけど、ほんとにすごいと思った。
火事も戦火も空襲も全くなかったわけがないと思うんだけど、一族が代々守ってこられたんだ。

「歴史だけは、金で買えんからなぁ。……家系図を捏造しても虚しいし。」
珍しく、お父さんが弱々しくそうこぼした。

「……必要ありませんよ。あなたのおかげで、私達家族はみんな幸せです。」
そっとお母さんがお父さんの腕に触れてそう言った。
義人氏も、お父さんを気遣ってるのか、お母さんに同調していた。

「でも、最新の『旧華族家系大成』に恭匡(やすまさ)さんのお名前もありました。次に出版される時には由未お姉さんのお名前も掲載されるでしょうし……お父さんは紳士録に出てるぐらいなので、今後の天花寺家関係の家系図には、由未お姉さんの実家として記載されるんじゃないですか?」

まあ、家系大成も紳士録も掲載予定者の辞退が続出してて次の出版があるとも限らないのだけれど、これまでの掲載内容から類推するとそう言えるんじゃないかな。

私がそう言うと、お父さんは私を見て、それから室町時代の民家を見て、瞳を潤ませた。
「……そうか。」

静かに歩き出したお父さんを、小走りでお母さんが追いかけた。

義人氏は、珍しく私の肩に手を置いた……これは、肩を抱いた、と表現すべきなのだろうか。
「希和。ありがと。お父さんの琴線に触れまくり。コンプレックス、ちょっとは昇華したんちゃうか。」

「……そうなんですか?いや、でも、お父さんがすごいってだけで、私にお礼言われても……」

恥ずかしくてそう言ったけれど、義人氏はすごーく優しい瞳で私を見て首を横に振った。

「お父さんみたいなヒトにはすごい効果的なことゆーてくれたわ。成金は歴史と権威に弱いんや。自分の名前が旧華族さまの末端に列記されるなんて想像もしてへんかった思うわ。……せやし、教えてくれて、ありがとうな。」
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