夢が醒めなくて
……たったそれだけのことで、そんな風に言ってもらえて……私のほうこそ義人氏にお礼を言いたい気分。

でも、何だか胸がいっぱいで言葉が出てこなかった。
優しい。
本当に家族がみんな優しくて……幸せ。

肩に置かれた義人氏の手にこっそり頬を寄せた。
ありがとう。



翌日は、義人氏の親友の梅宮彩乃さん(♂)の舞台を見に行った。
「希和、おもしろくなくてもおとなしく座ってなあかんで。」
「……お兄さん……当たり前です……」
そんな会話をしながら待合いのお茶席でお茶をいただいてると、スタッフらしき女性が声をかけてきた。

「義人くん。久しぶり。差し入れとお花、ありがとう。みんなで美味しくいただいてる。……うわぁ。御所人形みたいにかわいい。はじめまして。明子です。」

……御所人形?

「あきちゃん、たぶん違う。御所人形は赤ちゃん。市松人形って言いたいんちゃう?」
義人氏にそう指摘されて、明子さんは赤くなった。

「ごめん。たぶんそう。新しい妹さん、よね。後で彩乃くんにも会ったげて。」
……この明子さんは彩乃さんの恋人らしい。

「おー。終演後に行くわ。希和、あきちゃん。彩乃の彼女。あきちゃん、希和子や。」
義人氏は、またしても、私を優先して紹介した。
……絶対、順番逆にしなあかんはずやのに。

「希和子ちゃんね。よろしく。日本舞踊を習いたくなったらいつでも言ってね。」
ちゃっかり宣伝した明子さんに義人氏は苦笑いした。

「お茶は習いたいらしいけど、日舞はないわ。なあ?希和。」
……わかんない。
日舞を観るの、今日が初めてだもん。
祇園のお座敷舞や、歌劇でもそれっぽいのを観たけど、義人氏は全然違うと言うし。

「お茶?……ちゃんと飲めてはるやん。義人くんが教えたの?あ、流派が違うか。」
どうやら明子さんもお茶のたしなみがあるらしい。

「流派によってそんなにも違うんですか?」
そう尋ねると、明子さんだけでなく義人氏まで大真面目にうなずいた。

「全然違う。お茶飲むだけですぐわかる。最大派閥は裏千家やけど、三千家でも違うし。100とも500とも言われる流派があるで。あきちゃんは千家から派生した流派やし、お母さんは母校のお寺と関係の深い流派で習わはった。」

「……高校の時の、義人くんたちの夜遊び友達にもいたやん?お茶の家元のご子息。」

明子さんの言葉に義人氏は私の顔色をうかがった気がした。

……今さら……義人氏が品行方正に生きてきたとは思ってないし、いいのに。
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