夢が醒めなくて
「……あっという間やったな。」
帰りの車の中で、啓也くんが淋しそうにそうつぶやいた。
「でも、美幸ちゃん綺麗やったー。ダンスもがんばってたね。」
照美ちゃんははしゃいでいて、啓也くんと対照的だった。

「垢抜けた、ってゆーんかな。美幸ちゃん、大人っぽくなってた。別世界の人みたいやった。」
ため息がこぼれた。

美幸ちゃんはすごくがんばってる。
なのに、なぜこんなにも、不安なんだろう。
……結局、手紙も渡せなかった。


啓也くんと照美ちゃんを施設に送り届けてから、義人氏に聞いてみた。
「美幸ちゃんのグループ、売れると思いますか?」
すると義人氏は、苦笑した。
「売るやろ。無理やり。……でも、痛々しいな。だいぶ大変なんちゃうか?」

うん、そう思う。
望まぬ営業とか、させられてそう。
まだローティーンと呼ばれる中学生ばかりのグループなのに、オヤジ好みな格好も気になった。

「……心配です。でも、売れたら成功なんですよね。」
美幸ちゃんはいろんなことに覚悟して行ったんだもん。
過程は、考えない。
結果が出たら、心から喜ぼう。
今の私にできることは、応援だけだ。


「あ。そうだ。お兄さん。一つお願いがあります。」
家が近づくにつれて道路がこんで動かなくなってしまった。
これだから観光地は困るんだよな、と苦笑する義人氏におねだりしてみた。

「何や?珍しいな。」
ニコニコとうれしそうに義人氏は聞いてくれた。

「サンドイッチ。すごくおいしかったんで、また、作ってもらえますか?いつか。」
そうお願いすると、義人氏はキョトンとした。
まさかそんなことだとは思わなかったらしい。

義人氏は、まじまじと私を見て、それからくすりと笑った。
「お気に召したなら、なんぼでも作りましょ。」

やったー!

「うれしい!ありがとう!……ホントはもっと食べたかったのに、すぐなくなってしまったから……」
「けっこうな分量作ってんけどなあ。てか、たぶんお母さん怒ってはるわ。朝食用のパン、使い切ってしもたし。」

くすくす笑いながら義人氏はそう言った。
そして、思い出したように聞いてきた。

「紅茶は?お口に合いませんでしたか?お姫さま。」
冗談でも、気恥ずかしいからやめてほしい。
お姫さまなんて。

「ううん。おいしかった。初めての味やった。あの香り、大好き。ネロリ?」

淡々とそう聞くと、義人氏は私の髪にそっと触れた。

頭を撫でてもらって心地よくて……とろーんとしてると、義人氏はうれしそうに教えてくれた。
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