夢が醒めなくて
「ネロリ、惜しい。あれは、オレンジじゃなくてレモンの花をブレンドしたんや。ええ香りやろ?」

レモンやったんや。

「うん!すごく好きな香り。甘くてうっとりした。」
そう言うと、義人氏は何度となくうなずいた。

「希和、レモンの木も花も実も好きやもんな。俺も好きや。」
ドキッとした。
義人氏は、レモンが好きだと言ったのに。
……勘違いするな、私!
図々しいわ。

でも、かなりうれしいらしく、私は知らず知らずのうちに満面の笑みを浮かべていた。
義人氏もまた、そんな私に目を細めた。



楽しかったゴールデンウィークはあっという間に終わってしまった。
登校してみると、連休に旅行してきたヒトが多いらしく、教室でも部活でもお土産を渡し合っている姿を見かけた。
海外旅行してきたヒトも多く、よくわからない文字のあまり美味しくないお菓子も回ってきて、すごく楽しかった。

私は何の準備もしてなかったけれど、義人氏がそのつもりで買ってくれてた金泉焼を持たせてくれた。
「今日中に食べや。賞味期限ギリギリやしな。」
おかげで、お土産をもらう度にお返しすることができた。

さすがだわ……義人氏。


「希和子ちゃーん。あれ?日焼けした?どこ行ってたん?ハワイ?」
朝秀くんは、ご家族とお父さんのお弟子さん達みんなでシンガポールに行ってきたそうだ。
お土産にクラス全員にドリアンジュースを買ってきてくれて、教室中を阿鼻叫喚に陥れた。
まあ、おもしろかったよ、うん。

「ううん。有馬温泉。日焼けはUSJやわ。お父さんが外国嫌いなんやって。」
そう答えると、周囲の女子が変な反応をした。

ひそひそと何かを囁かれている。
……私が養女ってことは、たぶんみんな知ってる……義人氏は伝説の卒業生らしいので、必然的に私の情報も学校中に知れ渡っているらしい。
気にしても仕方ないので、卑屈にならないように、ポーズだけでもうつむかず顔を上げて過ごしている。
私に自信を持たせるために日夜受験勉強につきあってトップ合格させてくれた、義人氏の気持ちを無駄にしたくなかった。

「へえ。珍しいね。孝義(たかよし)は?今回もどこにも行かず?」
朝秀くんが、はしゃいだ教室と異質の空気感をまとって本を読んでいた坂巻くんにそう声をかけた。

「あぁ?せっかく来てくださったかたに挨拶せんと失礼やしな。」
めんどくさそうに、それでも律儀に坂巻くんはそう返事した。

まだ少年っぽさの残る華奢な首筋に、見てはいけないものを見たような罪悪感を覚えた。
……義人氏のようにキスマークをつけられてるわけでもないのに。
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