夢が醒めなくて
「坂巻くん、何、読んでるん?」
如何にも古そうな黄ばんだページが気になってそう聞いてみた。
「これ?広津柳浪。知らんやろ?」
「広津柳浪!え!見せて!」
グラシン紙をかぶせた古い岩波文庫は、私にとって憧れの古書だ。
お父さんの書庫はかなり立派だけど、いかんせん並んでる本が新しい……義人氏曰く、そのへんが成金らしい。
お母さんは古い本をけっこうお持ちだけど、少女小説や女性の好きそうな文学作品ばかりで、岩波文庫はほとんどなかった。
坂巻くんが読んでいたのは、広津柳浪の『今戸心中・他ニ篇』。
「他二篇って何?『残菊』ある?」
見せて見せて!とばかりに横から覗き込んだ。
「ないわ。『変目伝』と『雨』。……竹原さん、こんなん読むん?……変わってはるわ。」
今まさにソレを読んでるヒトにそんなことを言われるとは思ってなかった。
私は、ちょっと鼻白んだ。
「綺麗でしょ?文体が。……坂巻くんは何で読んでるの?」
「……救いがないから。」
救いがない……。
坂巻くんはそれだけ言って、また本を開くと、私達なんか存在してないかのように字を追い始めた。
「希和子ちゃん、本、探してんの?図書館行く?」
気を取り直して、朝秀くんが明るくそう誘ってくれた。
「……うん。でも、あるかな。文庫に入ってへんねん。」
以前、義人氏に教えてもらった近代デジタルライブラリーにも見つけられなかった。
「全集は?高校の図書館なら、古い文芸雑誌もあるし、探せるかも。」
朝秀くんが、いつものようにけっこう強引に私を高校の図書館へと引っ張った。
「孝義、誰に対してもあんな感じやし、気にせんときな。」
端末で検索してると、朝秀くんがそう言った。
「うん?うん。そうみたいやね。」
入学式の日から、何となく坂巻くんは目に付いた。
暗いということばだけでは説明できない、周囲とは違う存在感が気になった。
いつも独りで読書していて、女子が話し掛けてもめんどくさそうにしか返事していない。
ミステリアスな雰囲気が、変に人気を増長しているのかもしれない。
朝秀くんは、私が全く気にしてないと理解したらしく、ちょっと笑った。
「やっぱり希和子ちゃん、似てるわ。孝義と。」
ぎょっとした。
でも、言われてみれば……と、納得できる気もした。
残念ながら『残菊』は見つけられなかった。
今度義人氏に相談してみようかな。
とりあえず見つけた『非国民』をプリントアウトした。
「タイトルがシュール。」
朝秀くんはそう苦笑していた。
如何にも古そうな黄ばんだページが気になってそう聞いてみた。
「これ?広津柳浪。知らんやろ?」
「広津柳浪!え!見せて!」
グラシン紙をかぶせた古い岩波文庫は、私にとって憧れの古書だ。
お父さんの書庫はかなり立派だけど、いかんせん並んでる本が新しい……義人氏曰く、そのへんが成金らしい。
お母さんは古い本をけっこうお持ちだけど、少女小説や女性の好きそうな文学作品ばかりで、岩波文庫はほとんどなかった。
坂巻くんが読んでいたのは、広津柳浪の『今戸心中・他ニ篇』。
「他二篇って何?『残菊』ある?」
見せて見せて!とばかりに横から覗き込んだ。
「ないわ。『変目伝』と『雨』。……竹原さん、こんなん読むん?……変わってはるわ。」
今まさにソレを読んでるヒトにそんなことを言われるとは思ってなかった。
私は、ちょっと鼻白んだ。
「綺麗でしょ?文体が。……坂巻くんは何で読んでるの?」
「……救いがないから。」
救いがない……。
坂巻くんはそれだけ言って、また本を開くと、私達なんか存在してないかのように字を追い始めた。
「希和子ちゃん、本、探してんの?図書館行く?」
気を取り直して、朝秀くんが明るくそう誘ってくれた。
「……うん。でも、あるかな。文庫に入ってへんねん。」
以前、義人氏に教えてもらった近代デジタルライブラリーにも見つけられなかった。
「全集は?高校の図書館なら、古い文芸雑誌もあるし、探せるかも。」
朝秀くんが、いつものようにけっこう強引に私を高校の図書館へと引っ張った。
「孝義、誰に対してもあんな感じやし、気にせんときな。」
端末で検索してると、朝秀くんがそう言った。
「うん?うん。そうみたいやね。」
入学式の日から、何となく坂巻くんは目に付いた。
暗いということばだけでは説明できない、周囲とは違う存在感が気になった。
いつも独りで読書していて、女子が話し掛けてもめんどくさそうにしか返事していない。
ミステリアスな雰囲気が、変に人気を増長しているのかもしれない。
朝秀くんは、私が全く気にしてないと理解したらしく、ちょっと笑った。
「やっぱり希和子ちゃん、似てるわ。孝義と。」
ぎょっとした。
でも、言われてみれば……と、納得できる気もした。
残念ながら『残菊』は見つけられなかった。
今度義人氏に相談してみようかな。
とりあえず見つけた『非国民』をプリントアウトした。
「タイトルがシュール。」
朝秀くんはそう苦笑していた。