夢が醒めなくて
そのまま義人氏に駆け寄ろうとしたけれど、身体に力が入らずペタンと地面に座ってしまった。

「ほら、大丈夫か。」
坂巻くんが私の右腕を引っ張って立ち上がらせてくれようとした。
……どうでもいいけど、坂巻くん、イチイチ手荒い……私、ホントに荷物みたい。

「孝義!また、腕、抜ける!」

え?また!?

3人分の鞄を持ったまま、朝秀くんが驚いてる私の左手をそっと取って引き上げてくれる。
何となくバランスが取りづらい状態で、私は2人に立たせてもらい、支えてもらい、義人氏のほうへと背中を押された。

義人氏の腕に抱きとめられて、ホッとしたら、嗚咽が止まらなくなった。
「ごめん……あかんかった……大丈夫って思ったのに……怖くて……」
私は義人氏にしがみついてそう言った。

「希和が謝ることちゃうわ。かわいそうに。」
義人氏の声が心地よくて、私はやっとちょっと落ち着いてきたのを感じた。

しばらくして、私が静かになると、義人氏は2人に礼を言った。
「ありがとう。希和を連れて来てくれて。坂巻くん、昨日も今日も、希和を助けてやってくれてありがとう。朝秀くん、わけわからんやろうに、希和に優しくしてくれてありがとう。」

2人は顔を見合わせてから、会釈のような微妙な反応をしていた。
「……今後のために担任の先生には報告するけど、希和がこんな状態やし、今日は帰るわ。ごめんな。改めて、また。」

何か言いたかった。
坂巻くんにも朝秀くんにも、ちゃんと話したいし、お礼も言いたかった。
でも、義人氏が私を守ることを最優先にしてくれてることが、心地よくて……うれしくて……私は義人氏の庇護下でぼんやりと成り行きを見送った。


帰宅後、義人氏はお母さんに事情を簡単に話して私を託すと、お父さんの秘書の原さんと連絡を取り相談して方針を固めた。
昼過ぎに、囲碁の先生のご家族から、先生が認知症の診断を受けた報告が届いた。

そして、学校が放課後になるのを待って、お父さんと弁護士さんを伴って担任を訪ねて、経緯を報告してきた。



翌日から、朝秀くんと坂巻くんが意識して行動を共にしてくれた。
2人は、私の登校を待ってくれていた。

義人氏とも連絡先を交換したようだ。
朝秀くんは事情を聞いても、何も変わらず優しかった。
坂巻くんは、かなり気を遣ってくれるようになったんだと思う。

「竹原さん。これ。」
と、古い和綴本を貸してくれた。

『残菊』だ!
< 186 / 343 >

この作品をシェア

pagetop