夢が醒めなくて
「え!?すごい!これ、いつの本?初版本?」
「たぶん。うちにあった。明治文学全集にも収録されてたけど、そっちは重たいしやめた。」

広津柳浪の出世作なのにどの単行本にも収録されてないと思っていたけど、あるところにはあったのね。

「ありがとう。古い本が好きやし、こっちのほうがうれしい。お宝だわ。坂巻くん、読んだ?」
「いや。それ、書架じゃなくて倉庫に眠ってたから。存在自体知らんかった。」

「じゃあ、昨日みたいに一緒に読まへん?けっこうおもしろかってん。あれ。」
ニコニコと朝秀くんがそう提案した。

……勉強会?

「自分で読めや。」
めんどくさそうに坂巻くんがそう言ったけど、
「アホか。読めるわけないやろ。いいやん。広津柳浪だけじゃなくてさー、いろんなの一緒に読んでーな。『里見八剣伝』とかさー。」
「それなら漱石の『草枕』とかは?前に読んだとき、漢文を飛ばし読みしたから。再挑戦したいかも。」
私がそう同調すると、坂巻くんはうんざりした顔をしていた。


「でも結局、坂巻くんも参加しはってん。」
心配して今日も迎えにきてくれた義人氏にそんな報告をした。

「ふーん?ドリカム編成ってやつやな。」
どりかむ?
「……男2人女1人のユニットを昔はそう言うたんやわ。恋愛なしの仲良しトリオ。」
義人氏は前方を見つめたままそう言った。

恋愛なし、ね。
「そうかも。坂巻くんは恋愛しないらしいし、朝秀くんはあんな感じやし。2人ともイイヒトやしモテるのにね。」

義人氏がちょっと笑った。
「なんかその言い方、朝秀くん、かわいそうやな。」

……そうね。
でも朝秀くんは、かっこよくて、明るくて、親切で、気が利いて……って、義人氏のちっちゃい版にしか見えない。

「まあでも、気楽。……ほら、これ、坂巻くんに借りたん。すごくない?」
そう言って、運転中の義人氏の目の前に『残菊』の和綴本を突き出した。

「わかったわかった。危ないから、あとで見せて。」
義人氏はそう言ってから、ボソッと言った。

「嫌な目に遭ったけど、いいお友達がいてくれてよかった。」
「……うん。」

お友達だけじゃないよ。
私のために憤慨してくれる先生がた、忙しいのに尽力してくれたお父さん、ずっと慰めて励ましてくれたお母さん、そしていつもいつも私を守ってくれる義人氏。

だから私は、好奇の目にも、心無い噂話にも負けられない。
これからも、負けない。
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