夢が醒めなくて
「じゃあ、うちにご招待しましょうか。舟遊びに誘ってみてよ?」
「残念。明日には神戸に帰るみたいやわ。京都の夏は暑すぎるからな、実家と須磨の別荘とを行き来するんちゃうか。」
「へえ。須磨か……」
恭匡さんが遠い目をした。

そういえば、天花寺(てんげいじ)家も昔は須磨に別荘を持ってたんだっけ。
このまま恭匡さんと由未が東京で暮らすなら軽井沢に別荘があってもいいけど、京都に帰ってくるなら須磨に別荘も悪くない。

「希和ちゃんはどこで避暑したい?海外でもいいわよ?」
どさくさ紛れに母親が希和に別荘の希望を聞き出そうとした。

「えー。ココで充分です。山が近いから涼しいし。温泉もあるし。」
希和らしい言葉だな。

が、続いて希和の言ったことばは、俺にとってはとても受け入れられないものだった。
「あ、そうだ。坂巻くんのお家の蔵書と文化財を見せてもらいに行きます。御堂も蔵も夏でもひんやりしてるそうなので避暑になりそう。」

聞いてない!

「朝秀くんと?……てか、坂巻くん、毎日サッカー部やろ?」
由未がちょっと反応し、恭匡さんがいたわりの目を向けた。

2人の様子が気になったけど、今はそれより希和だ、希和!

「うん。坂巻くんの部活のない日だけにする。お寺の職員さんに迷惑かけたら悪いし。来週はお寺の合宿で部活休むみたいやから、行ってこようかな。」

「来週……」

「合宿って、希和ちゃんも泊まるの?」
母親がおっとり尋ねたのに、俺はついつい
「あかん!」
と、速攻で止めてしまい……恭匡さんに吹き出されてしまった。

希和が苦笑いした。
「お寺の行事に交じれへんわ、さすがに。見学について回って説明を聞いて、本を見せてもらうだけ。ちゃんと日参するよ?」

「日参って!一日ちゃうんか!」
勉強勉強言うて、俺とは遊んでくれないくせに、なんだよ、それ!
……さすがにそんなことは口に出せないけれど、俺の独占欲はとどまるところを知らないらしい。

「一日じゃ目録見るだけで終わっちゃうもん。……そうか。目録をコピーさせてもらえたら、翌日の作業がはかどるかも。」

作業って!
仕事かよ!

悶々としてると、恭匡さんが希和に話しかけた。
「希和子ちゃん、古い書物が好きなんだってね。うちにもいっぱいあるよ。いつでも見においで。」
「え!」

希和の顔がパッと明るく輝いた。
……その笑顔……何で俺じゃなくて恭匡さんに見せるかな。
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