夢が醒めなくて
「恭匡さん、おもしろがってるでしょ?」
夜、希和と由未が歌劇の話で盛り上がってるのを遠巻きに眺めながら、恭匡さんと話した。

「うん?うん。女の子に振り回されてオロオロしてる義人くんなんか、初めて見た。希和子ちゃん、元気になったね。かわいい。」
目を細めて見つめる恭匡さんを、俺はちょっと睨んだ。

「由未に言いつけますよ。……てか、由未……まだふっ切れてないんですね。」
わざと曖昧な言い方をした。

黙ってグラスを煽った恭匡さんに、確信した。

由未の初恋男子の所属する大学のサッカー部は、去年事件を起こして世間を騒がせた。
部ぐるみでのレイプを繰り返していたそうだ。

……妹がその被害に遭ったとは思いたくない。
でも調べれば調べるほど、否定する材料より、疑わしい事象ばかりが出てくる。

救いは、由未の初恋男子は一回生から試合に出てて、犯罪に加担する暇がなかったことぐらいだろう。
さすがに、好きな男の前でのレイプなんて、つらすぎる。

いつまでも何も言わない恭匡さんに、俺は頭を下げた。
「妹を、よろしくお願いします。」

とっくに俺の手を離れた由未。
このヒトになら託せる……このヒトでよかった。



秋11月。
妹の1人は、天花寺(てんげいじ)家に嫁いだ。
結婚式は、築地の寺院で挙げられた。
そう言えば、恭匡(やすまさ)さんのお父上、つまり天花寺の先代ご当主の葬儀もココだったな。

……3年前のあの葬儀で、由未と恭匡さんは9年ぶりに会ったけど言葉すら交わさなかったのに……ご縁ってやつやな。

「お姉さん、綺麗……」
隣で涙ぐむ希和に、そっとハンカチを渡す。
希和も綺麗やで。
そう言いたいけど人目もあるので自重した。

でも本当に、希和は垢抜けて美しく成長している。
今日の着物は母親のとっておきで、赤と黒と白の地に四季の花を豪華にあしらった、見るからにゴージャスな逸品。
花嫁が着ててもおかしくない打ち掛けのような振袖で「引き振袖」とか、「本振袖」「大振袖」と言うらしい。
既に鬼籍に入った人間国宝の作品で、値段は計り知れない。
それだけで今日の母親の気合いの入りっぷりがよくわかった。

目を真っ赤にして感極まってる父親の隣で、常に美しく幸せそうに見えるやわらかい微笑みをキープしてる母親。
……やっぱり領子(えりこ)さまを気にしてるんだろうな。

普段は晴れがましい場に出ることを全て断ってる母親の、一世一代の本気の社交モードだった。
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