夢が醒めなくて
ずらっと行列ができて忙しそうなので、俺に気づいた百合子に遠くから会釈だけした。
常に硬質な百合子の表情が、変わる。
……ほら、その瞳……あかん、って。

いつになったら、俺達は普通に顔を合わすことができるんだろうか。
百合子の悲痛なほどに俺を求めるまなざしから逃れるように踵を返した。

「お兄さ~ん。」
廊下でひらひらと手を振るあおいちゃんと小門(こかど)に声をかけられた。

「遠いとこ、わざわざありがとう。……光くんは?」
「神戸に預けてきた。せやし、披露宴終わったらすぐ帰るわ。先、挨拶しとく。……しかしすごい披露宴やな。」

小門の言う通り、ホテルで一番大きなバンケットにテーブルがギッシリ。
恭匡さんもうちの父親も体面を気にする人種なので、必然的にこうなったようだ。

「由未ちゃん、綺麗やったー。お色直しもお料理も楽しみ。」
既に控え室の由未に逢って来たらしく、あおいちゃんがそう言うと
「お色直しと料理を一緒にするのは失礼やろ。」
と控えめに小門が窘めていた。


披露宴は、盛大に行われた。
恭匡さんは昔やってらした謡(うたい)と仕舞いを再び始められたのかな。
玄人の能楽師も素人も一緒に祝言を謡ってくださったのは、かなりの迫力だった。

中には、中学・高校で同じクラスだった池上宗真もいたけれど……何か、雰囲気が変わったな。
池上のじーさんは人間国宝だったはずだけど、数年前に亡くなられたはず。
今、こっちで内弟子修業中なのかな?
あとで話しかけに行こーっと。

ほう?
噂の碧生くんが、「井筒」を舞った。
並み居る玄人を前にして、素人、それも初心者に近いという碧生くんは、それでも武士のような品格で舞った。
……見かけによらずしっかりした男らしい。

まあ、恭匡さんが百合子にって推奨する男だもんな。
チラッと百合子を見ると、いつから俺を見てたのか……視線が絡み合った。
おいおい。
それじゃ、静稀ちゃんと変わらんわ。

その静稀ちゃんは、高砂前の主賓客エリアのテーブルからお友達テーブルの末端のセルジュをずっと見ていた。
「静稀さんに双眼鏡貸してあげたいかも。」
希和がちょっと呆れ気味にそう言った。
「うん。かわいいね。」
俺がそう言うと、希和は不思議そうに俺を見て、それからプクンと頬を膨らませた。
「友達の恋人も、親戚も、仕事関係も、家族も……みんな『かわいい』んですね。」

……どういう意味だ?
妬いてる?……わけないか。

「希和もかわいいよ。」
動揺を隠してそう言ったら、希和は俺を睨んで、ぷん!とそっぽ向いた。

希和?

第二次反抗期か?
< 200 / 343 >

この作品をシェア

pagetop