夢が醒めなくて
梅が咲き始めると、希和がやたらに庭を徘徊する。
去年もそうだったから、かなり梅が好きなのだろう。
まあ、わかるんだけど、外はまだ寒い。

案の定というか何というか、3月に入った途端、希和は風邪を引いて寝込んだ。
「ひな祭り、今年は延期……は、縁起が悪いから取りやめねえ。」
母親が残念そうにそう言うと、希和はベッドでますますしょんぼりしてしまった。
希和自身が楽しみにしてたわけじゃなく、母親がイベント大好きなので申し訳なく感じてるらしいのがいじらしい。

「旧暦でやったらええやん。別に延期にはならんやろ。」
そう提案すると2人はやっと笑顔になった。

ちょうどタイミングよく、高校の時の夜遊び仲間の1人からピンチヒッターを頼まれた。
「今日?行けるけど、合コンやったら、パス。」

ちょっと度の過ぎた遊びをする奴なのでそう断ったが、
『お茶会や。ひな祭りのお茶事(ちゃじ)。誰でもええわけちゃうねん。最低限、飲み方ぐらいは知ってんと、興醒めするやん?頼むわ。』
と、食い下がられた。

そういや、こいつも茶道家元の息子だったっけ。
特に仲良くもなかったから、流派も聞いてなかったけど、名字が宗和だから……宗和流とでも言うのかな。

「お茶飲むだけやったら。……でも何でまた?」
『あ。いや。茶懐石とお濃い茶とお薄も。俺、去年、若宗匠披露して、お弟子さん取り始めてんけどな、落としたい子がいるねん。』

なるほど。
「どんな子?美人?ええとこの子ぉ?」

『美人でええとこの子ぉや。遊びで手ぇ出せる子ぉちゃうわ。そやから一年間様子見てきてんけど、信頼は得たみたいやから、ここらで勝負に出ようかと思って。』
電話越しにも気合いが伝わってきた。

珍しいな。
こいつ、法規制すれすれのドラッグセックスとか、合意の上でのSM乱交とかに明け暮れてたよな?
変われば変わるもんだ。

「わかった。何時にどこに行けばいい?」
詳しいことを何も聞かず、俺は参加を承諾した。

「よーわからんけど、宗和のお茶事に誘われたし、行ってくるわ。」
そう言って出ようとしたら、母親が首を傾げた。
「宗和って、確か……由未が東京で習い始めるって言ってたわよ?橘さんの百合子さんに誘われたとかで。」

え?
……じゃあ、あいつの言ってた、美人のええとこの子ぉって、百合子か?

それは、まずい。
例え宗和が本気で百合子に惚れたとしても、あいつはダメだ。
性格はともかく、性癖が特殊すぎる。

百合子には、ちゃんと幸せになってもらわないと困る。
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