夢が醒めなくて
宗和の家元に着いたのは、薄暗くなった頃。
門の脇戸のインターホンを押してから、敷石を辿って庭を進み、待合いの四阿(あずまや)で宗和に迎えられた。
久しぶりに逢ったけど、けっこう落ち着いた?
なかなかの若宗匠っぷりじゃないか。
「急に悪いな。誘ってた奴が風邪ひいて。」
「あー。うちにも風邪でダウンしてるの、いるわ。流行ってるねんなあ。」
熱で赤い顔の希和を思い出すだけで、心が温かくなった。
「あれ?何か変わった?竹原。落ち着いた?」
先に言われてしまった。
「まあ、いつまでも遊んでられへんしな。宗和も若宗匠に見えるわ。」
そう言ったら、宗和はもっともらしくうなずいた。
「そーゆー歳ってことやな。竹原は院に進学するし、俺も家業に従事するけど、普通やったら来月から新入社員やもんな。」
「……いや、俺、会社で働くで。インターンやけど新入社員と一緒に。」
俺がそう言って胸を張って見せると、宗和はイケズっぽく笑った。
「どーせ親父さんの会社やろ?新入社員と一緒のはずないやん。まあでも、がんばれ。若社長。」
……こいつとこんな話ができると思わなかった。
これで性癖がアレじゃなきゃ、イイ奴かもしれない。
「いや~~~!」
裏方へ準備に行く宗和と別れて、茶室へと向かってると、ふすまの向こうから女の子が泣きそうな声をあげた。
何かトラブルか?
「……大丈夫です。すぐ直りますわ。」
落ち着いた綺麗な声。
百合子だ。
ああ、やっぱり。
「せっかくがんばって着てきたのに……」
この子の着物が着崩れたのか?
……それは……襖を開けるわけにいかないな。
聞き耳をたてていると、ポン!とイイ音がした。
「はい、どうぞ。ご自分で着られたんですか。襟もお端折(はしょり)も綺麗に着てらっしゃいますわ。」
百合子が……なぐさめてる。
どうやら、崩れた帯を直してやったようだ。
あの、百合子が。
他人に興味がなく、他人と関わりを持たない百合子が……オトナになったもんだ。
胸が熱くなって、泣きそうになった。
「ありがとうございます。」
小さな声が中から聞こえてきた。
もう、大丈夫そうだな。
「失礼します。」
「はーい。どうぞ~。」
百合子じゃない女の子がさっきの地声よりかなり高い声で返事した。
襖戸を開けると、美しい百合子が涙目で俺を見ていた。
信じられないとでも言いたそうに。
声で、俺だとわかったらしい。
……ダメだ。
俺は、百合子のこの瞳に弱い。
もっと泣かせたくなってしまう……。
門の脇戸のインターホンを押してから、敷石を辿って庭を進み、待合いの四阿(あずまや)で宗和に迎えられた。
久しぶりに逢ったけど、けっこう落ち着いた?
なかなかの若宗匠っぷりじゃないか。
「急に悪いな。誘ってた奴が風邪ひいて。」
「あー。うちにも風邪でダウンしてるの、いるわ。流行ってるねんなあ。」
熱で赤い顔の希和を思い出すだけで、心が温かくなった。
「あれ?何か変わった?竹原。落ち着いた?」
先に言われてしまった。
「まあ、いつまでも遊んでられへんしな。宗和も若宗匠に見えるわ。」
そう言ったら、宗和はもっともらしくうなずいた。
「そーゆー歳ってことやな。竹原は院に進学するし、俺も家業に従事するけど、普通やったら来月から新入社員やもんな。」
「……いや、俺、会社で働くで。インターンやけど新入社員と一緒に。」
俺がそう言って胸を張って見せると、宗和はイケズっぽく笑った。
「どーせ親父さんの会社やろ?新入社員と一緒のはずないやん。まあでも、がんばれ。若社長。」
……こいつとこんな話ができると思わなかった。
これで性癖がアレじゃなきゃ、イイ奴かもしれない。
「いや~~~!」
裏方へ準備に行く宗和と別れて、茶室へと向かってると、ふすまの向こうから女の子が泣きそうな声をあげた。
何かトラブルか?
「……大丈夫です。すぐ直りますわ。」
落ち着いた綺麗な声。
百合子だ。
ああ、やっぱり。
「せっかくがんばって着てきたのに……」
この子の着物が着崩れたのか?
……それは……襖を開けるわけにいかないな。
聞き耳をたてていると、ポン!とイイ音がした。
「はい、どうぞ。ご自分で着られたんですか。襟もお端折(はしょり)も綺麗に着てらっしゃいますわ。」
百合子が……なぐさめてる。
どうやら、崩れた帯を直してやったようだ。
あの、百合子が。
他人に興味がなく、他人と関わりを持たない百合子が……オトナになったもんだ。
胸が熱くなって、泣きそうになった。
「ありがとうございます。」
小さな声が中から聞こえてきた。
もう、大丈夫そうだな。
「失礼します。」
「はーい。どうぞ~。」
百合子じゃない女の子がさっきの地声よりかなり高い声で返事した。
襖戸を開けると、美しい百合子が涙目で俺を見ていた。
信じられないとでも言いたそうに。
声で、俺だとわかったらしい。
……ダメだ。
俺は、百合子のこの瞳に弱い。
もっと泣かせたくなってしまう……。