夢が醒めなくて
「これ、どういう意味?」
空気を変えようと、床の間の掛け軸を指差して宗和に聞いてみた。
「鐘聲七條 (しょうせいしちじょう)。」
宗和は得意げにそう読んでから、おもむろに続けた。
「禅問答の公案。本当はもっとつらつら長いんだけど覚えてない。世界はこんなにすばらしいのに修行僧はなぜ鐘の合図で袈裟をまとうのか、って。」
……ん?
公案なんだよな?
宗和、反語を意図して掛けてないか?
本末転倒な気がする。
「だから楽しく遊ぼう」
案の定、宗和はニコニコとそう締めくくった。
さやか嬢は素直に聞いていたが、俺と百合子は微妙な気持ちを無表情で隠した。
まあ、宗和の名誉のために付け加えると、最後にたててくれたお濃茶もお薄も美味かった。
さすがだな、と素直に感嘆できた。
お茶事のあと、宗和は二次会を計画していた。
百合子だけが帰ると言った。
……ほっとけるわけないだろ。
俺は百合子を送ってから、二次会に合流させてもらうことにした。
「お車、乗り替えられられたんですね。」
「あ~。前の車、ステップ高いから……」
……希和が一度、ステップから滑り落ちたことがあって、危ないから普通のセダンにした……と、百合子に言うのは、何となくためらわれた。
落ちついてるようで鈍くさい百合子も何度もステップから落ちてたのに、俺は何の改善をしようとも思わなかった。
そう言えば、れいにも不評だったな、あの車。
車高の高い3ナンバーの外車は、それだけで駐車を断られることもあり、れいはよく怒っていたっけ。
れいは、先月歌劇団を卒業して、今月末に結婚する。
千秋楽に俺の隣に座っていたれいの結婚相手は、れいより背の低いぽってりした男だったが、温かくて優しいイイ人だった。
披露宴にも招待されたが、夏子さんにも招待状を出したと聞いて、出席を断った。
今さら夏子さんに気まずい想いをさせたくなかった。
「乗り心地、前よりいいやろ?」
「……そうですね。」
百合子は饒舌じゃない。
でも俺も、百合子にはサービス精神がいまいち機能しない。
……かわいそうだけど、むしろ百合子を泣かせることに俺は一種の満足感を得ていたと思う。
「久しぶりやな。」
哀れな百合子。
「……そうですね、由未さんの結婚式以来ですね。」
「いや、2人きりになるの。」
愛しい百合子。
俺の言葉に一喜一憂する美しい少女。
俺といたって、幸せになんかしてやれないのに。
空気を変えようと、床の間の掛け軸を指差して宗和に聞いてみた。
「鐘聲七條 (しょうせいしちじょう)。」
宗和は得意げにそう読んでから、おもむろに続けた。
「禅問答の公案。本当はもっとつらつら長いんだけど覚えてない。世界はこんなにすばらしいのに修行僧はなぜ鐘の合図で袈裟をまとうのか、って。」
……ん?
公案なんだよな?
宗和、反語を意図して掛けてないか?
本末転倒な気がする。
「だから楽しく遊ぼう」
案の定、宗和はニコニコとそう締めくくった。
さやか嬢は素直に聞いていたが、俺と百合子は微妙な気持ちを無表情で隠した。
まあ、宗和の名誉のために付け加えると、最後にたててくれたお濃茶もお薄も美味かった。
さすがだな、と素直に感嘆できた。
お茶事のあと、宗和は二次会を計画していた。
百合子だけが帰ると言った。
……ほっとけるわけないだろ。
俺は百合子を送ってから、二次会に合流させてもらうことにした。
「お車、乗り替えられられたんですね。」
「あ~。前の車、ステップ高いから……」
……希和が一度、ステップから滑り落ちたことがあって、危ないから普通のセダンにした……と、百合子に言うのは、何となくためらわれた。
落ちついてるようで鈍くさい百合子も何度もステップから落ちてたのに、俺は何の改善をしようとも思わなかった。
そう言えば、れいにも不評だったな、あの車。
車高の高い3ナンバーの外車は、それだけで駐車を断られることもあり、れいはよく怒っていたっけ。
れいは、先月歌劇団を卒業して、今月末に結婚する。
千秋楽に俺の隣に座っていたれいの結婚相手は、れいより背の低いぽってりした男だったが、温かくて優しいイイ人だった。
披露宴にも招待されたが、夏子さんにも招待状を出したと聞いて、出席を断った。
今さら夏子さんに気まずい想いをさせたくなかった。
「乗り心地、前よりいいやろ?」
「……そうですね。」
百合子は饒舌じゃない。
でも俺も、百合子にはサービス精神がいまいち機能しない。
……かわいそうだけど、むしろ百合子を泣かせることに俺は一種の満足感を得ていたと思う。
「久しぶりやな。」
哀れな百合子。
「……そうですね、由未さんの結婚式以来ですね。」
「いや、2人きりになるの。」
愛しい百合子。
俺の言葉に一喜一憂する美しい少女。
俺といたって、幸せになんかしてやれないのに。