夢が醒めなくて
「……2年か。あの日も雪やったな。」
最後に抱いた日をぼんやりと思い出した。

このまま死んでしまいたい、と口走っていた百合子を思い出して、身体が疼いた。

「2年2ヶ月。雨が途中で雪に変わりました。」

生真面目にそう答えた百合子は、やっぱり、めちゃくちゃに壊してやりたいぐらいかわいかった。

「変わってへんな、百合子。」
「義人さんも?」
一点の曇りもない笑顔でそう聞かれた。

どうして百合子は、俺なんかを信じるんだろう。
百合子の想いがまっすぐすぎて、俺は……

「そやなあ。このまま帰したくないなあ。」

……言った端から後悔した。
百合子がそっと寄り添ってきて、俺の肩に頭を預けた。
重みと熱が心地よくもあり、説明できない焦燥感を焚き付けた。

「あいつとは?まだ?由未の結婚式の時、百合子に告(こく)ってた奴。」
わざと意地悪な質問をした。

さっと顔色を変えて、百合子は身体を起こして俺から離れた。
……ダメだ。
俺は、ため息をついて、車を路肩に停めた。

「ごめん、イケズ言うた。」

情けない。
これじゃ、俺、あいつに嫉妬してるみたいじゃないか。
そうじゃないんだけど……
自分の気持ちに自信が持てず、俺はハンドルに額を付けるように突っ伏した。
やばい。

百合子が泣き出した。
もうダメだ。

「泣かんといてーな。あー、もう!ほら!」

結局、百合子を抱きしめてしまった。
こうなったら、止まらないのが男の悲しい性(さが)だ。

着物ってのは本当に便利にできていて……狭い車の中でも簡単にできてしまうんだよな。
雪がしんしんと降ってるとはいえ、公道で、それも百合子ん家の近くで……あーあ。



事が終わっても泣きじゃくってる百合子の瞼にそっと唇を寄せる。
長い睫が涙に濡れて、ゾクッとするほど綺麗だ。

どこもかしこも美しい百合子が、顔をぐちゃぐちゃにして泣くのが好きだった。
俺を求めて半狂乱で喘ぐ姿も……もっと泣かせたくて……
半開きの濡れた唇を、引っ込み思案なかわいい舌を、むさぼるようにキスを繰り返した。

「俺の存在が、百合子を他の男から遠ざけるのは、困る。」
俺はずるい。
「百合子には、他の男を好きになってほしい。」
無神経なことを言っている自覚はある。
でも、これも本心。

珍しく意志を込めて舌を絡めてきた百合子に、心を鬼にしてキッパリと言った。
「百合子が他の男とちゃんと恋愛するまで、もう逢わない。」

本気の最後通告に百合子は号泣した。

いっぱい泣かせてしまったけれど、百合子が泣きやむまでそのまま腕に抱いていた。

せめて百合子の気が済むまで、そばにいてやりたかった。
< 206 / 343 >

この作品をシェア

pagetop