夢が醒めなくて
「こんなとこで寝てても風邪治らんやろ。」
そうつぶやいて、希和を抱き上げてベッドに運ぼうとした。

そっと希和に触れて、思わず手を引っ込めた。
……百合子を抱いた手で希和に触れることは、ものすごく罪深い気がした。

百合子はお茶席に香水を付けるような子じゃない。
でも、残り香とかそういう問題じゃなくて……
ため息が勝手にこぼれた。

禊(みそぎ)とは言わないけど、シャワーを浴びに行った。
少し熱めのお湯を頭にそそぐ。

……希和……俺を待ってたんだろうか。
まさかな。
いや、でも、わざわざ居間で読書……それも風邪引いてるくせに……

そうだ。
早くベッドに戻してやらなきゃ。

急いで全身を洗って居間に戻った。
そっと希和を抱き上げる。
コテンと転がった希和の頬が俺の胸に止まった。

きゅーっと胸が締め付けられる。
……百合子には悪いけど……いや、今まで関わった子達みんなに悪いかもだけど……この子に対するこの想いは全てを凌駕する。

希和の心が欲しい。
信頼されたい。
守りたい。
心から愛したい。
愛されたい。

……今の俺には資格がない。


そう言えば、百合子を初めて抱いた時、百合子はちょうど今の希和の歳だった。
希和のあどけない寝顔に、自分の罪深さを自覚した。

あの頃の残酷な悦楽が、今になって俺を苛(さいな)んできた。
自分がどれだけひどい男だったか。
……もはや思い出したくない、抹消したい過去。

忘れてしまうのは無責任だから、背負っていかなきゃいけないんだろうけどな。


腕の中の希和の頭に、そっと頬ずりした。
過去も、しがらみも、社会的な責任も……全部背負うから……ちゃんと誠実に頑張るから……
ずっとそばにいてほしい。
この子に。



4月から父親の会社にインターンとして通い始めた。
もちろん、あの父親が俺に普通のインターンシップに基づいた業務体験をやらせてくれるとは思ってなかったし、こき使われるだろうことも覚悟していた。

さすがに「トイレ掃除からやれ!」とは、言われなかった。

だが、まさか資料室に送り込まれるとは思わなかった。
……いや、ちょっと語弊があるな。
正確には、いわゆる企業秘密や葬りたいブラックな過去の資料や個人情報を隠した金庫室の小部屋の整理を命じられた。

「つまり、会社のダークサイドを勉強しろ、ってことですか?」
そんな内容なので、部屋には他に誰もいない。

給湯室も食堂もないので、日に何度か、父親の秘書の原さんがお茶やコーヒーと食料を運んできてくれた。

まるで囚人のような仕事環境だ。
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