夢が醒めなくて
俺が憤慨してると、希和は慌てて手を振った。

「違うの……ううん、たぶん、2人は、私の知らないとこでずっと……」
希和の瞳から、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。

「希和!」
とっさに抱きしめたくなったけれど、ハンドルをぎゅっと握って耐えた。

……抱きしめてしまうと、もう、歯止めが効かないような気がして……俺は、なるべく希和に触れないよう我慢した。

「美術室のテーブルとか壁に、いろんな落書きがあるでしょ?あの中に、私の悪口が書かれてるのを見つけて……。」
「あー……それな。俺もいっぱい書かれたで。気にせんでええわ。人気のバロメーターや。」

便所の落書きみたいなもんだ。
記名責任のない誹謗中傷なんか、捨て置け。
心を乱されるのも、傷つくのも、時間の無駄だ。
……と、昔、父親に笑い飛ばされたなあ、と懐かしく思い出した。

「……朝秀くんも、坂巻くんも、似たようなこと言ってくれてたけど……去年から、あちこちの移動教室に書かれてたみたいで……朝秀くんと坂巻くんが全部消してたって隣に座った子が教えてくれて……でも2人が入れない女子トイレには、イロイロ書かれたまんまで……」

ポロポロと涙をこぼしながら、希和は心情を吐露した。
なるほど、それでこのところずっと元気がなかったのか。

「何て?」
赤信号になるのを待って希和にハンカチを渡して、悪口の文言を聞いた。

「……捨て子のくせに偉そうでムカつく、とか。」
ヒクッと、俺の片頬が引きつった。

「いいんだよ。希和は堂々としてたらいい。卑屈になる理由はない。」
前方を睨み付けて、力強くそう言った。

「……男、侍(はべ)らして美人気取りやけど普通、とか。」
「はっは!それ、ほんまはブスって言いたいけど希和が不細工じゃないから言えへんにゃ。希和はかわいいで。それに雰囲気が凜としてるから美人度が上がるんや。気取ってるわけちゃう。」

書いてる子のほうが容姿が劣っているんだろう……とは思ったけど、それは言わなかった。
希和には、他人をさげすむような子になってほしくない。

「……存在自体がうざい。消えろ、とか。」

よほど口惜しいのだろう。
希和はハンカチをもみ絞って泣いていた。

俺は天を仰いでため息をついた。
「センスのない落書きやな。まあでも、希和、それって虐めとか嫌われてるんじゃなくて、妬まれてるねんわ。……希和みたいになりたいのに、とても敵わないから、逆恨みしてるだけ。……わっ!」

そう言ったら、希和がドンッと俺の胴にしがみついてきた。

び!びっくりした!
いや、すごくうれしいんだけど……ちょっと……まずい。
男の部分が反応してしまう。

落ち着け。

俺、落ち着け。
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